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Internally Flawless
06 恋情 02
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「……翡翠」
目の前にいない人の名前を呼ぶ。
身体を重ねるときの溶け切った表情。掌に吸いつくような滑らかな肌。甘い香りと喘ぎ。絡めた舌の味。
受け入れるためにはできていない身体を、彼自身の意志で精一杯ひらいてくれる愛情も。その行為が与えてくれる快楽も、幸福感も。
目を閉じなくてもすべて、ついさっきの出来事のように思い出せる。そのすべてが、壊される可能性が少しでもあるなら、寛容にはなれないし、守るためなら攻撃的になってしまうことは止められない。
「翡翠」
『秋生』
シャワーの水音が、タイルの床を叩く。その隙間、スイの声が聞こえた気がした。いや、本当は聞こえていないことくらいわかっている。
わかってはいても、聞こえた。その声は最後に身体を重ねた日のそれだった。
その日も、川和志狼に微笑みかけるスイに苛立ち紛れに子供じみたいたずらをして、結局は自己嫌悪でいっぱいになって、罪滅ぼしのように優しく抱いた。
翡翠色の瞳に一杯に涙を溜めて、頬を上気させて、アキを受け入れたときの快楽に濡れたスイの顔。その身体には幾つもアキが残した赤い跡が残っていた。
「……ッ」
それが、つまらない嫉妬だとスイは気づいているだろう。それでも、彼は全部受け入れてくれる。だから、余計に罪悪感はあるのだけれど、受け入れられる優越感を知ってしまったら、歯止めが効かなくなりそうだった。否、既に歯止めはその役割を成していない。
『アキ……秋生。……す……き』
記憶の中のスイが囁く。
抱擁を強請る腕が見えた気がして、掻き抱いても、腕の中には何も残らなかった。
「ん……っっ」
残ったのは、ただ、その人の姿に昂ってしまったアキ自身の身体だけだ。頭からシャワーを被ったまま、アキは自分自身のソレに手をかけた。
「ん」
熱い水滴が身体を滴る感覚。背中を流れる熱さに、いつもひやりと冷たいその人の指先がほんのわずかの間、熱を持って縋るように背中を撫でる感触を思い出す。子供のような無防備さとは対照的な熱を含んだ視線。快楽の隙間交わったそれに、ぞくり。と、暴力的な欲が湧き上がった。その衝動に流されるまま、ソレを握った手を上下させる。
「ひす……い」
自分で慰めることがないわけではない。スイに無理をさせたくないと、三人で決めた約束を守ろうとすれば足りないのは当たり前だ。それをほかで発散することなどもう考えられなくなっているアキは、こんなふうにスイに知られないように一人で身体を静めることが少なくない。
「……はっ……く……」
乱暴に前を扱きながら、恋人の姿を瞼の裏におう。
その姿はどれも、アキだけが見られるスイの乱れた姿ばかりだ。それが、ひどく浅ましいことのように思える。思っているのに、手は止められなかった。
『ア……ん……アキぃ。ね? ……気持ち……い?』
ドロドロに溶けたチョコレートのような甘い、あまいスイの身体の内側と、その声。舌足らずな言葉と潤んだ瞳がまるで少年のようでその落差に眩暈がしそうだった。
手の動きが次第に早くなる。
「翡翠……っ」
『秋……生……あいして……る』
嬌声の合間、苦しげに漏れた言葉にアキのソレは限界を迎えた。
「……っはぁ」
掌には自分自身の白濁した液体が付いている。
「……くそっ」
それが、酷く不快なことのような気がして、アキはそれをシャワーの湯で流した。
もう、10日。声も聞いていない。出会ってから、こんなに長い間、連絡を取らなかったことは、恋人同士になる前すらなかった。
会いたいとか、声を聞きたいと思うことは当然だと思う。確かに喧嘩はしたけれど、好きだという気持ちに変わりはない。
でも、こんな風に、抱きたいと思うことが、今はとても悪いことのような気がする。『そういう目』で見られていることを自覚しろと言っておきながら、自分自身がスイを『そういう目』で見ている自分勝手さに呆れる。
だからこそ、何度も連絡しようと開いたスマートフォンの前で、指が止まってしまった。
「翡翠……あいたい」
乱暴にシャワーを止めて、アキはバスルームを出た。
目の前にいない人の名前を呼ぶ。
身体を重ねるときの溶け切った表情。掌に吸いつくような滑らかな肌。甘い香りと喘ぎ。絡めた舌の味。
受け入れるためにはできていない身体を、彼自身の意志で精一杯ひらいてくれる愛情も。その行為が与えてくれる快楽も、幸福感も。
目を閉じなくてもすべて、ついさっきの出来事のように思い出せる。そのすべてが、壊される可能性が少しでもあるなら、寛容にはなれないし、守るためなら攻撃的になってしまうことは止められない。
「翡翠」
『秋生』
シャワーの水音が、タイルの床を叩く。その隙間、スイの声が聞こえた気がした。いや、本当は聞こえていないことくらいわかっている。
わかってはいても、聞こえた。その声は最後に身体を重ねた日のそれだった。
その日も、川和志狼に微笑みかけるスイに苛立ち紛れに子供じみたいたずらをして、結局は自己嫌悪でいっぱいになって、罪滅ぼしのように優しく抱いた。
翡翠色の瞳に一杯に涙を溜めて、頬を上気させて、アキを受け入れたときの快楽に濡れたスイの顔。その身体には幾つもアキが残した赤い跡が残っていた。
「……ッ」
それが、つまらない嫉妬だとスイは気づいているだろう。それでも、彼は全部受け入れてくれる。だから、余計に罪悪感はあるのだけれど、受け入れられる優越感を知ってしまったら、歯止めが効かなくなりそうだった。否、既に歯止めはその役割を成していない。
『アキ……秋生。……す……き』
記憶の中のスイが囁く。
抱擁を強請る腕が見えた気がして、掻き抱いても、腕の中には何も残らなかった。
「ん……っっ」
残ったのは、ただ、その人の姿に昂ってしまったアキ自身の身体だけだ。頭からシャワーを被ったまま、アキは自分自身のソレに手をかけた。
「ん」
熱い水滴が身体を滴る感覚。背中を流れる熱さに、いつもひやりと冷たいその人の指先がほんのわずかの間、熱を持って縋るように背中を撫でる感触を思い出す。子供のような無防備さとは対照的な熱を含んだ視線。快楽の隙間交わったそれに、ぞくり。と、暴力的な欲が湧き上がった。その衝動に流されるまま、ソレを握った手を上下させる。
「ひす……い」
自分で慰めることがないわけではない。スイに無理をさせたくないと、三人で決めた約束を守ろうとすれば足りないのは当たり前だ。それをほかで発散することなどもう考えられなくなっているアキは、こんなふうにスイに知られないように一人で身体を静めることが少なくない。
「……はっ……く……」
乱暴に前を扱きながら、恋人の姿を瞼の裏におう。
その姿はどれも、アキだけが見られるスイの乱れた姿ばかりだ。それが、ひどく浅ましいことのように思える。思っているのに、手は止められなかった。
『ア……ん……アキぃ。ね? ……気持ち……い?』
ドロドロに溶けたチョコレートのような甘い、あまいスイの身体の内側と、その声。舌足らずな言葉と潤んだ瞳がまるで少年のようでその落差に眩暈がしそうだった。
手の動きが次第に早くなる。
「翡翠……っ」
『秋……生……あいして……る』
嬌声の合間、苦しげに漏れた言葉にアキのソレは限界を迎えた。
「……っはぁ」
掌には自分自身の白濁した液体が付いている。
「……くそっ」
それが、酷く不快なことのような気がして、アキはそれをシャワーの湯で流した。
もう、10日。声も聞いていない。出会ってから、こんなに長い間、連絡を取らなかったことは、恋人同士になる前すらなかった。
会いたいとか、声を聞きたいと思うことは当然だと思う。確かに喧嘩はしたけれど、好きだという気持ちに変わりはない。
でも、こんな風に、抱きたいと思うことが、今はとても悪いことのような気がする。『そういう目』で見られていることを自覚しろと言っておきながら、自分自身がスイを『そういう目』で見ている自分勝手さに呆れる。
だからこそ、何度も連絡しようと開いたスマートフォンの前で、指が止まってしまった。
「翡翠……あいたい」
乱暴にシャワーを止めて、アキはバスルームを出た。
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