あなたの愛はもう要りません。

たろ

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26話

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「馬鹿って……失礼だわ!」

「馬鹿だから馬鹿なんだろう?」

 カチンときた。

「8歳だった私が誰に頼れというの?屋敷から外に出してもらえなかったのよ?諦めるしかないじゃない!」

「手紙くらいかけただろう?」

「誰に?誰が味方だったの?子供にとっていちばんの味方は親だわ。お母様は亡くなりお父様は新しい妻を娶り、私に見向きもしない。屋敷に閉じ込められて、手紙を書け?書いてどうやって届けるの?使用人は皆大人の指示で動くのよ?
 子供の私の指示なんて誰が聞いてくれるの?助けの手紙なんて書いたら読まれて折檻されるだけだわ」

 思わず太ももに手を置いた。

 助けて欲しいと書いた手紙。その手紙は殿下に届く前に継母に読まれ、お仕置きとして太ももを鞭で打たれた。

 痛くて何度も『やめてください』『許してください』と泣きながらお願いした。でもやめてくれなかった。

 手を振り上げる継母の目は、狂気と嗤いで、私は怖くて震えるしかなかった。

 太ももは腫れ上がり血が滲んだ。

 まともに歩くこともできず寝込んだ。

 お父様はそれを私のわがままで部屋から出てこないと叱った。

 継母に鞭で打たれたことを話すことはできなかった。

『お前は新しい母が嫌なのか?部屋から出てこないで嫌がらせをして楽しいのか?』

『あなた……ビアンカはまだわたくしになれていないのです。叱らないであげてください。ね?ビアンカ?少しずつわたくしになれて、になってくれるわよね?』

『…………はい』

 また背中が痛み始めた。

 熱がで始めたのか体がだるい。

「もう殿下、話はこれくらいでよろしいでしょうか?」

 私の声は冷たさを増した。

 もうこれ以上殿下と話をしたくない。

 忘れたいのに………忘れられないあの恐怖と絶望。

 布団を頭まで被り殿下と話すのを拒否した。

「ビアンカ………」

 さっきまで横柄な話し方をしていたくせに優しく呼びかけてきた。

 不敬だとわかっているけど、今だけは親戚であり幼馴染として、許してほしい。

 幼い頃、殿下と過ごした楽しい時間はもうない。


 静かな時間が過ぎていく。



 殿下も諦めて出て行ったようだ。扉を開ける音がした。




「まあああ、殿下!勝手に女性の寝ている部屋に入りこんで!どういうことでしょう?」


 この声は……母の親友でこの王宮で私の面倒を見てくださっているシャルマ公爵夫人。

「やあ、夫人。ビアンカのお見舞いに来ていたんだ」

 さっきまでとはガラリと態度が変わって、爽やかな話し方の殿下の声が、布団を被った私の耳にまで聞こえてきた。

「お見舞い?殿下が来られるというご報告は受けておりませんが?」
 シャルマ夫人は殿下の乳母でもあった。だからいまだに殿下は頭が上がらない。

「ああ、たまたま時間が空いたからね。ビアンカは僕にとっても大切な幼馴染だから気になって顔を見にきたんだ……そろそろ勉強時間だから帰るとしよう」

「ビアンカ、また顔を出すよ」

 私に向かって殿下はそう言うと部屋から出て行った。

 シャルマ夫人は殿下を見送ってから私のそばにきた。

「ビアンカ、殿下はあなたが大怪我をしてこの王宮にいると聞いてとても心配されていたの」

「……はい、心配してくださっておりました」

 とてもうるさいくらい。馬鹿と言われたし。

 でも殿下に頼ろうとしたなんて話せない。そのせいで鞭で打たれ、それからは継母に逆らう気力すら無くなって感情なんて捨てて生きてきた。

 私の声は震えていた。

 シャルマ夫人は私が泣いているのに気がついたようで何度か優しく頭を撫でてくれた。

「ビアンカ、様子を見にきただけなの。少し熱が出てきたようね?すぐにお医者様を呼ぶから待っていてね?」

「……ありがとうございます」

「ここに居れば安心だから。殿下は下の者達を脅してこの部屋に入ったみたいだけど、王妃様にしっかり伝えておくからもう勝手に来たりはしないと思うわ」

「……あっ……殿下は……殿下に……ありがとうございましたと伝えてください」

「ええ、殿下とビアンカは子供の頃いいコンビだったもの。殿下の後ろから楽しそうについて回るビアンカ。いつもビアンカを気にしながら何度も振り返っている殿下は、前を見ずに転んでしまって、年下のビアンカが急いで殿下に駆けつけていたわ。
 ビアンカは殿下が転んで怪我をしたとわんわん泣いて、『痛い?痛い?』と必死でハンカチで血を拭いてあげていたの。
 殿下は痛いのにビアンカが泣くものだから、泣けずに『痛くないから泣くな』って涙を堪えていたのよ?」

 なんとなく覚えている。

 いじめられた記憶の方が多かったけど、殿下は私のことを自分の弟妹よりも可愛がってくれた気がする。

 遊びに行くと「おいでビアンカ」と必ず一番に声をかけてくれた。

 だから助けてほしいと殿下に手紙を書いたのだった。

 殿下なら助けてくれると思った。

 でも、手紙は届くことなく、私の心は折られてしまった。


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