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26話
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穏やかな時間が過ぎて行く。
刺繍をしたり読書をしたりしてゆっくりと過ごした。
ずっと駆け足で過ごしてきた。
子どもの頃からは王太子妃教育、結婚して一年は王太子妃として政務に励み、実家に帰ってからは子供達の仕事場作りと気がつけば毎日が慌ただしい日々を過ごしてきた。
「ふわぁ、さあ、寝ましょう」
今日はいつもより早めに眠る。
あれから月夜の綺麗な日はカイさんが遊びに来ることが多い。
今日は満月の星の見える日だから、たぶん来ると思い窓の鍵を開けておく。
鍵を閉めていても簡単に入ってくるからあまり意味を持たない鍵。
しっかりと眠りについた頃、カタッと音がした。
微かに目を開けるとカイさんがわたしの顔を覗き込んでいた。
「お願いだから驚かさないでください」
寝ぼけながらもカイさんに話しかけた。
「おはよう、目が覚めた?」
「……はい」
「最近は普通に歩けるようになったみたいだな」
「うん、お陰様で以前のように体を動かすことができます」
「お前の周りの不穏な動きをしていた奴らはみんな排除した。これでしばらくはゆっくりと過ごせるだろう」
「……危険ではなかったのですか?」
わたしのためにカイさんが危ない目にあっていたのではないかと心配になった。
「大丈夫さ、こんなの仕事のうちに入らないさ」
なんでもない顔でニヤッと笑う。
「ありがとうございます……あの……排除とはまさか殺した訳ではありませんよね?」
「殺して欲しかった?それなら今から殺す?」
「ち、違います!殺してほしくないから聞いたんです!」
「そう言うと思ってそいつらの事は全部お前の父ちゃんに情報を渡したから、お前のところが動いて牢にぶち込んだみたいだ」
「よかった……」
「お父様はお礼を渡しました?」
「お前の父ちゃん、気前よく報酬をたんまりとくれた。おかげでしばらくは遊んで暮らせそうだ」
「そう……よかった」
「それでな、そろそろお別れだ、俺はこの国を出て行く」
「え?どうして?」
「この国に居すぎた。元々長く居すわるつもりはなかったんだ、オリエ嬢が面白くてつい関わったから長引いたがそれも終わりだ、今日はお別れを言いにきた」
「……寂しくなりますね……カイさんは色んな国へ行ったことがあるんですか?」
「まあ、こんな仕事をしていたら一つの場所に落ち着くことは出来ないから何カ国も回っているぜ」
「どんなところですか?」
「国によって食べ物や習慣、言葉も違う。国の王様の力が強い国、貴族の力が強い国、この国にはない魔力を持つ国、精霊の住む国、面白いぜ」
「本の世界みたい!」
「本の世界では味わえない、感動するぞ」
「……カイさんは居なくなっちゃうんですね」
カイさんの顔はとても楽しそうで、見ていてなんだか羨ましくもあるのに寂しくて。
「俺がいなくなると寂しいのか?」
「………そんなことないです」
図星だったからなんだか悔しくて、素直に寂しいと言えなかった。
「そっか、残念だな。俺はお前を案外気に入ってたんだがな……連れ去りたいと思ってたのに」
「つ、連れ去る?」
「ああ、一緒に行かないか?たぶん退屈はさせないしお前が危険な目に遭うことはない、俺が絶対に守るから」
いつもふざけた事しか言わないカイさんが柔らかく微笑みかける。
わたしはカイさんの笑顔を見てドキッとした。
「一緒に行く?わたしが?」
カイさんについて行く?
想像しただけで楽しそう。
でも「行く」とは答えられなかった。
「次の満月の日までに返事をしてくれたらいい」
そう言ってわたしのおでこに優しくキスを落とすと静かに立ち去った。
◇ ◇ ◇
ヴァンサン侯爵と執事、それから娘婿にあたるトムソン伯爵達が捕まってから、ジョセフィーヌを探した。
屋敷にはジョセフィーヌはいなかった。
三人にジョセフィーヌのことを聞いたが、「屋敷にいるはずだ」としか言わない。
身重の体でどこへ隠れたのか……恋人の騎士と二人で姿を隠したままだった。
俺は未だにオリエに会えずにいた。
ブルーゼ公爵の処刑後まだブルーゼ公爵派の貴族達がなんとか生き残ろうとヴァンサン侯爵達のように画策している。
自分達の私利私欲のために領民達に無理を強いてきた。
そこにやっとメスを入れられた。
膿を出すためにバーグル公爵家と共に動いている。
バーグル公爵もオリエがこれ以上狙われないために、排除すると乗り出した。
我が国の闇を一掃するにはかなりの労力と時間がかかる。俺はオリエに謝罪する暇もなく慌ただしい時間が過ぎていった。
「イアン様、少しは休みましょうよ」
ブライスが俺を恨みがましく見ていた。
「お前だけ休め!俺はまだこの書類を精査しておく。アイツらはずる賢いからな、ちょっとした抜け道を見つけて逃げ出してしまう。完全に追い詰めないと!」
断罪するためには徹底して調べ上げるしかない。証拠を積み上げで逃げられないようにする。
陛下も今回は徹底して私利私欲に走った貴族達を一掃すると決めた。重い腰を上げることは、この国の地盤を弱めてしまうことにもなる。だからなかなか手を入れられなかった。
一度は弱まるであろう王族の力もバーグル公爵の支えがあればなんとか凌げるだろう。
そして、ジョセフィーヌの居場所がわかった……彼女は実の姉のところに恋人と二人で身を寄せていた。
姉のマリエッタ様は、隣国の侯爵家に嫁がれていて妹のジョセフィーヌを心配して密かに自分の元へ連れ出したらしい。
妊娠7ヶ月になったジョセフィーヌは、姉のところで静かに子供を産みたいと言ってきた。
手紙を寄越した。
「イアン殿下の子供ではないことは生まれてきてから証明出来るのでそれまでは身を隠して過ごさせてください。ご迷惑をかけて申し訳ありません」
妊娠したジョセフィーヌを利用しようとする輩の中、ジョセフィーヌもなんとかお腹の子供を守ろうと姉に助けを求めていた。
ヴァンサン侯爵が信用できないと感じたジョセフィーヌが姉になんとか連絡をとり、姉が素早く動きジョセフィーヌを連れ出したそうだ。
俺はジョセフィーヌのことは一旦そのままにしておくことにした。
今はあまり表立ってジョセフィーヌの妊娠について噂が広まっていない。
今はいつ自分の家が断罪されるかと戦々恐々としている貴族が多い。だから、ジョセフィーヌどころではなくなっている。
堂々とできる清廉潔白な貴族達は、ジョセフィーヌのことも黙って見守ってくれている。
こうして時間が過ぎていった。
刺繍をしたり読書をしたりしてゆっくりと過ごした。
ずっと駆け足で過ごしてきた。
子どもの頃からは王太子妃教育、結婚して一年は王太子妃として政務に励み、実家に帰ってからは子供達の仕事場作りと気がつけば毎日が慌ただしい日々を過ごしてきた。
「ふわぁ、さあ、寝ましょう」
今日はいつもより早めに眠る。
あれから月夜の綺麗な日はカイさんが遊びに来ることが多い。
今日は満月の星の見える日だから、たぶん来ると思い窓の鍵を開けておく。
鍵を閉めていても簡単に入ってくるからあまり意味を持たない鍵。
しっかりと眠りについた頃、カタッと音がした。
微かに目を開けるとカイさんがわたしの顔を覗き込んでいた。
「お願いだから驚かさないでください」
寝ぼけながらもカイさんに話しかけた。
「おはよう、目が覚めた?」
「……はい」
「最近は普通に歩けるようになったみたいだな」
「うん、お陰様で以前のように体を動かすことができます」
「お前の周りの不穏な動きをしていた奴らはみんな排除した。これでしばらくはゆっくりと過ごせるだろう」
「……危険ではなかったのですか?」
わたしのためにカイさんが危ない目にあっていたのではないかと心配になった。
「大丈夫さ、こんなの仕事のうちに入らないさ」
なんでもない顔でニヤッと笑う。
「ありがとうございます……あの……排除とはまさか殺した訳ではありませんよね?」
「殺して欲しかった?それなら今から殺す?」
「ち、違います!殺してほしくないから聞いたんです!」
「そう言うと思ってそいつらの事は全部お前の父ちゃんに情報を渡したから、お前のところが動いて牢にぶち込んだみたいだ」
「よかった……」
「お父様はお礼を渡しました?」
「お前の父ちゃん、気前よく報酬をたんまりとくれた。おかげでしばらくは遊んで暮らせそうだ」
「そう……よかった」
「それでな、そろそろお別れだ、俺はこの国を出て行く」
「え?どうして?」
「この国に居すぎた。元々長く居すわるつもりはなかったんだ、オリエ嬢が面白くてつい関わったから長引いたがそれも終わりだ、今日はお別れを言いにきた」
「……寂しくなりますね……カイさんは色んな国へ行ったことがあるんですか?」
「まあ、こんな仕事をしていたら一つの場所に落ち着くことは出来ないから何カ国も回っているぜ」
「どんなところですか?」
「国によって食べ物や習慣、言葉も違う。国の王様の力が強い国、貴族の力が強い国、この国にはない魔力を持つ国、精霊の住む国、面白いぜ」
「本の世界みたい!」
「本の世界では味わえない、感動するぞ」
「……カイさんは居なくなっちゃうんですね」
カイさんの顔はとても楽しそうで、見ていてなんだか羨ましくもあるのに寂しくて。
「俺がいなくなると寂しいのか?」
「………そんなことないです」
図星だったからなんだか悔しくて、素直に寂しいと言えなかった。
「そっか、残念だな。俺はお前を案外気に入ってたんだがな……連れ去りたいと思ってたのに」
「つ、連れ去る?」
「ああ、一緒に行かないか?たぶん退屈はさせないしお前が危険な目に遭うことはない、俺が絶対に守るから」
いつもふざけた事しか言わないカイさんが柔らかく微笑みかける。
わたしはカイさんの笑顔を見てドキッとした。
「一緒に行く?わたしが?」
カイさんについて行く?
想像しただけで楽しそう。
でも「行く」とは答えられなかった。
「次の満月の日までに返事をしてくれたらいい」
そう言ってわたしのおでこに優しくキスを落とすと静かに立ち去った。
◇ ◇ ◇
ヴァンサン侯爵と執事、それから娘婿にあたるトムソン伯爵達が捕まってから、ジョセフィーヌを探した。
屋敷にはジョセフィーヌはいなかった。
三人にジョセフィーヌのことを聞いたが、「屋敷にいるはずだ」としか言わない。
身重の体でどこへ隠れたのか……恋人の騎士と二人で姿を隠したままだった。
俺は未だにオリエに会えずにいた。
ブルーゼ公爵の処刑後まだブルーゼ公爵派の貴族達がなんとか生き残ろうとヴァンサン侯爵達のように画策している。
自分達の私利私欲のために領民達に無理を強いてきた。
そこにやっとメスを入れられた。
膿を出すためにバーグル公爵家と共に動いている。
バーグル公爵もオリエがこれ以上狙われないために、排除すると乗り出した。
我が国の闇を一掃するにはかなりの労力と時間がかかる。俺はオリエに謝罪する暇もなく慌ただしい時間が過ぎていった。
「イアン様、少しは休みましょうよ」
ブライスが俺を恨みがましく見ていた。
「お前だけ休め!俺はまだこの書類を精査しておく。アイツらはずる賢いからな、ちょっとした抜け道を見つけて逃げ出してしまう。完全に追い詰めないと!」
断罪するためには徹底して調べ上げるしかない。証拠を積み上げで逃げられないようにする。
陛下も今回は徹底して私利私欲に走った貴族達を一掃すると決めた。重い腰を上げることは、この国の地盤を弱めてしまうことにもなる。だからなかなか手を入れられなかった。
一度は弱まるであろう王族の力もバーグル公爵の支えがあればなんとか凌げるだろう。
そして、ジョセフィーヌの居場所がわかった……彼女は実の姉のところに恋人と二人で身を寄せていた。
姉のマリエッタ様は、隣国の侯爵家に嫁がれていて妹のジョセフィーヌを心配して密かに自分の元へ連れ出したらしい。
妊娠7ヶ月になったジョセフィーヌは、姉のところで静かに子供を産みたいと言ってきた。
手紙を寄越した。
「イアン殿下の子供ではないことは生まれてきてから証明出来るのでそれまでは身を隠して過ごさせてください。ご迷惑をかけて申し訳ありません」
妊娠したジョセフィーヌを利用しようとする輩の中、ジョセフィーヌもなんとかお腹の子供を守ろうと姉に助けを求めていた。
ヴァンサン侯爵が信用できないと感じたジョセフィーヌが姉になんとか連絡をとり、姉が素早く動きジョセフィーヌを連れ出したそうだ。
俺はジョセフィーヌのことは一旦そのままにしておくことにした。
今はあまり表立ってジョセフィーヌの妊娠について噂が広まっていない。
今はいつ自分の家が断罪されるかと戦々恐々としている貴族が多い。だから、ジョセフィーヌどころではなくなっている。
堂々とできる清廉潔白な貴族達は、ジョセフィーヌのことも黙って見守ってくれている。
こうして時間が過ぎていった。
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