そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ

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1巻

1-2

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     ◇ ◇ ◇


 離宮に来て三か月。
 王太子妃としての仕事もなくなって今は孤児院に通い、街を出歩くくらいしかない。
 なかなか王宮には行きにくく、図書室にはもう出入りできない。
 まあ、その代わりイアン様にお会いすることもないので、ジョセフィーヌ様との仲の良い姿を見ないで済むのは助かるのだけど。
 最近はすることがなさすぎて退屈だ。

「ねえ、わたししばらく実家に帰りたいと思うの」

 マチルダが渋い顔をした。


「オリエ様、流石さすがにそれは殿下の許可をいただかないと……」
「そう? ではブルダ、お願いしてもいいかしら?」
「理由はなんと言えばいいのでしょう?」
「……うーん、里帰り? お父様がご病気? でもこれは王宮に毎日顔を出しているお父様だからバレてしまうわね、やはり里帰りでいいんじゃないかしら?」
「……わかりました、とりあえずお伺いを立ててみます」
「よろしくね、ではマチルダ、帰る用意をしてちょうだい」
「え? 許可はまだ下りていませんよ」
「馬鹿ね、本気で待っていても下りるはずがないのはわかっているでしょう?」
「……まあ、確かに」
「だから、さっさと帰ってしまうの。そうすればもう何も言えなくなると思うのよ」
「オリエ様……それは、ちょっと……」
「もう、何も考えないでさっさと支度をして! 向こうにもわたしの持ち物はまだ残っているはずだから、大して必要なものはないと思うの。ふふ、楽しみだわ。久しぶりにお父様達にお会いできるのね」

 この王宮でわたしがすることはもう何もない。
 側妃のジョセフィーヌ様がお子もお産みになるだろうし、仕事もほぼ彼女が行っている。
 わたしができるのは静かに離宮で過ごすだけ……でも、それも次第にむなしくなってきた。
 数人の使用人と静かに過ごす毎日。
 それなりに幸せではあるけど、物足りなくなってしまったの。
 愛されない王太子妃が惨めに離宮で暮らし続ける……わたしはそこまで強くないみたい。
 そろそろ彼の意識からわたしの存在を消し去ろう。
 まずは実家に里帰りをしてお父様とお話をしてみよう。
 わたしから離縁は難しいかもしれない、でもお父様ならなんとかしてくださるはず。もちろんわたしのことを少しでも思ってくださっていれば……
 お父様が公爵家を大事にされるならわたしの離縁などお認めにはならないだろう、でも……ほんの少しでもわたしを可哀想だと思うなら……


 少しだけ期待をしながら実家へと向かった。
 馬車に乗って実家に向かう途中、外を見ていると気になることがあった。

「ねえ、あそこにいる花を持って立っている子達は何をしているのかしら?」

 マチルダも窓から外をのぞいた。

「あれは花売りですね」
「花売り?」
「はい、子供達も生活のために花を売って稼いでいるのです」
「止まってちょうだい」
「オリエ様、いけません。今施しをしたところで、この子達の生活がすぐに豊かになるわけではありません」
「そうね、でもあのお花を買ってあげれば、今日だけでも楽になるのではないかしら?」
「一瞬の幸せはその後の苦労を考えるといいとは言えません。期待させてその後何もしないなら、何もしない方があの子達のためです」
「わたしには何の力もないのね」

 わたしは今まで周りに恵まれて幸せに生きてきた。
 みんなも同じように恵まれて幸せなのだと思っていた。
 もちろん王太子妃としての教育は受けてきたから紙の上では知っていたし、理解していた。
 でも現実、市井しせいでは貧富の差が頭で理解していた以上に酷かった。
 わたしのしようとすることは、お金持ちの道楽でしかない。
 マチルダは、わたしの甘い考えをたしなめてくれた。
 ではわたしができることは?

「オリエ様、わたし達の力でできることはまだまだ少ないのです。それでも一緒に何ができるのか、考えていきませんか?」

 マチルダだって意地悪であの子達を助けないわけではない。
 そこにいる一人を助けても、周りにはもっとたくさんの子供達が必死で何かの仕事をしている。
 その全員を助けることはできない。一人を助ければその子だけが恨まれる。
 それは、その子供達の世界で一人だけ外されてしまう。生きていけなくなるかもしれない。
 わたしは助けたつもりでも、その子の世界を壊してしまうことになるのかもしれなかったのだ。
 ――根本を解決することはできるのかしら?
 ううん、少しずつでもできることを探さなきゃ。
 イアン様に放置されて傷ついて実家に帰るわたしに、この子達を救うことはできるのか……自分の甘さを恥じながらわたしは気持ちを引き締めた。


     ◇ ◇ ◇


「オリエが実家に帰った?」

 俺は頭を抱えた。
 ――捨てられた。

「ブルダ、なぜ止めなかったのだ?」

 俺はブルダをにらんだ。

「申し訳ございません、お止めしたのですが、自分はもうここでは何もすることがない用なしだと思われたみたいです」
「……オリエに王太子妃としての仕事を任せるのをやめたからか……表立って仕事をさせれば、またいつ命を狙われるかわからない。だからこそ仕事をやめさせたのだが、それがあだになったんだな」
「オリエ様に事情をお伝えすることをお勧めいたします。そうしなければ本当に離縁されてしまいますよ」
「わかっている、だが……学生時代とはいえ、浮気した女がお前の命を狙っていると言えるか?」
「自業自得だと思います」
「俺は……オリエを愛しているんだ」
「ですが、オリエ様は愛していないと思いますよ」
「お前、はっきり言うな! わかっているよ」
「殿下、早くブルーゼ公爵とジーナ様を始末しましょう、害でしかありませんよ」
「わかっている」

 証拠を集めているところなんだ。
 あいつらの息のかかった使用人はみんな一度捕まえて脅しをかけた。
 今は俺達の駒として動いている。
 もし俺を裏切れば使用人の家族もまとめて牢屋にぶち込むと伝えたのだ。
 協力すれば多少の罪なら目をつぶってもいいと言うと、みんな俺に寝返った。
 今度はブルーゼ公爵家に入り込み、こっそり不正をした証拠の書類を盗み出している。
 毒の入手先も調べがついた。毒を盛った使用人は捕まってすぐに自害したので口を割らせられなかった。使われたのは珍しい無味無臭の毒で、少量ならほとんど症状が出ない。だが少しずつ体をむしばんでいく、わかりにくいものだった。
 であれば、どうしてマチルダがわかったのか。彼女は怪しい動きをしていた使用人に気がつき、夫と共に数日行動を見張った。その者が何か怪しいものをお茶に入れているところを見つけ、取り押さえたのだ。もしマチルダが気がつかなければオリエは病弱になり、徐々に衰弱して死んでいただろうと医師に言われた。
 取り押さえたのはいいものの、その使用人は自害してしまい、ジーナ達が命令したという証拠がなかった。公爵家の手の者が紛れ込んでいるとはわかっていたし、その一人だと思う。だがそれもはっきりとした証拠がなく、確定できない。
 今はオリエを数人の「影」に見張らせているので、命の危険が少しは減ったと思うが、いつどこでオリエを狙うかわからない。
 そう考えると、オリエの実家であればしっかりした公爵家の騎士団が多くいるので、簡単には彼女に危害を加えることはできない。その意味では安全だろう。
 だが俺のオリエはどんどん離れていく。婚約者がいながら浮気した俺が悪い。
 オリエが実家に去って、彼女の心はさらに遠のいた。


     ◇ ◇ ◇


 久しぶりの実家の前に馬車が着くと、門番の騎士達がわたしを見て驚いた。

「オリエ様、どうされたのですか?」

 突然の帰省だったからだ。

「通してはもらえないかしら?」

 とりあえず彼らに微笑ほほえんでみる。

「も、もちろん大丈夫です、どうぞ」
「ありがとう」

 なんとか無事に通れてホッとした。
 お父様は仕事で屋敷を空けていたみたいで、さらに安堵あんどした。
 お母様はわたしが帰ってきたと聞いて、慌てて出てきてくれた。

「オリエ、会いたかったわ」
「お母様、突然帰ってきて申し訳ございません。少しの間、ここに置いていただけないでしょうか?」
「何を言っているの、ここは貴女あなたの家よ。いつまでも居ていいのよ」

 涙ぐむお母様を見て、親不孝しているのだと感じた。
 側妃をめとられたイアン様。わたしが不甲斐ふがいないから。

「お母様、イアン様を離縁しましたら、この屋敷はすぐに出て行きます。ご迷惑でしょうが、よろしくお願いいたします」

 お母様はわたしの「離縁」という言葉を聞いて困ったように眉をひそめた。
 しばらく黙っていたかと思ったら手のひらで顔を覆うように眉間を押さえフーッと溜息ためいきき首を振るとまた考え込んでしまった。
 ――そうよね、突然離縁なんて……社交界では醜聞になるものね。
 実家への道中、馬車内から見た光景を思い出し、離縁された後は市井しせいで子供達に少しでも関わる仕事をして暮らしたいと考えていた。


 わたしの部屋に入るのもいつ以来だろう。
 突然の里帰りなのに、綺麗に掃除をしてくれていたのか、埃っぽくもない。
 いつでも戻って来られるように、わたしが出て行ったままにしてくれていたのね。
 いつも寝ていたベッド、王太子妃教育の内容を必死で復習した机、厳しい教育が辛くて部屋に籠もり泣いた日々、ここは懐かしくもあり、辛い日々を思い出させる場所でもあった。

「マチルダ、貴女あなた達はお母様にお願いして公爵家に戻れるようにするから安心してね」
「オリエ様、わたしはずっと貴女あなたとご一緒にいます」
「駄目よ、わたしは平民になるのだから。マチルダにはギルがいるのよ」
「ギルはブルダの稼ぎで育てられます、でもオリエ様にはわたししかいません。ギルと二人でおそばにいます」
「そっかあ、わたしには誰もいないのね」

 ――わたしには仲の良い友人も数人しかいない。
 あまりにも忙しい学生時代、ゆっくりと誰かと話す時間もなかった。

「……っあ、いえ、そんなことありません」

 マチルダは間違えたと慌てて言い直した。
 ――わたしって公爵令嬢でも王太子妃でもなくなったら、何も残らないのよね。

「マチルダ、久しぶりに騎士団に顔出そうかしら?」
「おやめください!」
「あら、結婚して封印していたのよ、クローゼットにまだわたしの騎士服はあるかしら?」

 クローゼットの中をのぞくと、奥に隠されて置いてあった。

「あった! 久しぶりね、懐かしいわ」

 わたしは王太子妃になると決まっていたので、令嬢として厳しい教育を受けてきた。
 でも本当はお父様のような近衛騎士になりたかった。
 お父様は近衛騎士団長として常に王宮を守り、我が公爵家が抱える騎士団の団長も兼ねる。
 お兄様はその騎士団の副団長としてお父様の補助をなさり、活躍されている。
 わたしも幼い頃は王太子妃よりも騎士団に入り、騎士になりたかった。
 剣を握ってみんなを守りたかった。
 でも小さい頃に、陛下から婚約者として選ばれた。
 出会ったのはわたしが三歳の頃、当然イアン様にとって五歳も年下のわたしなんか、異性として意識してもらえなかった。だから初めは妹として可愛がってもらえばいいと思っていた。
 でも……イアン様が学園でいつも女の人に囲まれているのを、中等部にいたわたしは何度も目撃した。そしてジーナ様と仲睦なかむつまじく二人で過ごす姿を見て、わたしはイアン様に恋をしていたのだと気づいてしまった。
 それまでは婚約者というより兄のように慕っていたから、たくさんの女性に囲まれていても、「イアン様っておモテになるのね」くらいにしか思っていなかった。それなのに、イアン様がジーナ様を見つめる優しい顔、二人でいる時の楽しそうな姿にショックを受けたのだ。
 ――どうしてこんなに胸が苦しいの? なぜ涙が出るの?
 自分の恋心に自覚したのと同時に、わたしは失恋してしまった。
 それでも、公爵家から婚約解消を申し出ることはできない。特にお父様は絶対許してくださらない。
「男の浮気くらいで婚約解消などできるわけがないだろう!」そう言われるのはわかっている。だってお父様は、陛下達王族を守るためにいるのだもの。わたしのことなんか……
 もう考えるのはやめよう。
 唯一の大好きだったこと……今は剣を振るい、楽しいことをして過ごそう。


     ◇ ◇ ◇


「バーグル卿、オリエが実家に帰ってしまった」

 俺はオリエの父親を呼び出した。

「娘が?」

 バーグル卿はあまり感情を表に出さないため、今も何を考えているのかわからない。

「早くブルーゼ公爵家を始末しなければ、オリエが俺を離縁してしまう」
「自業自得です」
「わかっている、公爵家にいれば簡単に命を狙われることはない。王宮と同じくらい安全だ」
「王宮なんかより我が公爵家の方が安全です、毒を盛られることもありませんし」
「……そ、そうだな」
「ジョセフィーヌ様ととても仲がよろしいようですな。そのままの関係を続けられればよいのでは?」
「あれは、演技だ! 何度も伝えているだろう!」
「そうは見えませんがね」

 ――ジョセフィーヌに恋人がいると知っているのはごく僅かな人間だけで、バーグル卿には伝えていなかった。

「はあ~、バーグル卿にも真相を伝えるよ。これはほとんど知られていないのだが……」

 ジョセフィーヌに恋人がいること、いずれ離縁して二人を再婚させるつもりであることを告げた。

「オリエはたぶん貴方のことをなんとも思っていないと思いますよ」

 ――わかっている、俺が好かれるわけがないなんてこと。
 オリエは俺が浮気していたことも知っている。それでも王命で無理やり嫁がされた。
 そして俺はオリエを抱くこともできず、お飾りの王太子妃にしてしまった。さらに命を狙われ、今度は俺が側妃までめとった。
 オリエに好かれる要素なんてどこにもない。
 彼女が王宮で、「お飾りの王太子妃」や「愛されないきさき」と揶揄やゆされているのもわかっていた。俺がきちんと彼女に本当のことを伝えて、愛を乞えばここまでこじれなかっただろう。
 でも……俺はオリエが好きすぎて、素直になれない。それに彼女の命を狙う奴らを、そしてその周りにいるはえも全て消し去らなければ、安心してオリエを俺の横に置けない。
 ――離縁される前にアレらを早く始末しなければ。


「ジョセフィーヌ、君を愛している」
「イアン様、わたくしもです」

 俺は今夜も夜会にジョセフィーヌを連れて出かけた。
 ジーナはオリエに敵対心をあれだけ持っているのに、ジョセフィーヌには何も手出ししようとしない。
 俺がいくら夢中になっていても、側妃にはなんの価値もないと思っているからだろう。
 ジーナはオリエを蹴落として王太子妃、いずれはこの国の王妃として俺の横に立ちたいのだ。
 だから、俺は今日も正妃など興味がないとジーナに勘違いさせ、オリエのいないつまらない夜会を過ごす。
 ジョセフィーヌは俺とダンスを踊りながら耳元でささやく。

「イアン様、あそこに居るジーナ様の気持ち悪い視線、よく耐えられますわね。わたくし毎回気持ちが悪くて」
「アレを排除しなければ俺はオリエと安心して過ごせない、もうしばらく演技を続けてくれ」
「もちろんですわ、わたくしと彼の未来もかかっております。さっさとアレを排除しましょう。暗殺者を差し向けましょうか? それともわたくしの国の娼館しょうかんにでも売りましょうか?」
「アレだけでは駄目だ、まだクソ親がいる。さらにその周りには小蠅こばえがたくさん居るんだ、全て叩き潰さなければ安心できない」
「ではイアン様、のんびりなさってないで急ぎましょう。オリエ様がどこかへ逃げてしまわれますわよ」
「それだけは何があっても絶対に阻止してやる」

 俺はジョセフィーヌににこりと微笑ほほえんだ。


     ◇ ◇ ◇


 実家に帰って来てしばらくは何も考えないで騎士達と手合わせをしてもらい過ごした。
 わたしは王宮では一応大人しく過ごしてきたが、本当は走り回って剣を振るうのが大好き。
 お兄様が呆れて「怪我だけはするなよ」と言いながらも、わたしの王宮での辛い立場を知っているからか、駄目とは言わないでくれている。

「オリエ様、貴女あなたが鍛錬に参加すると張り切るので、皆の士気が上がって効率がいいですね」

 そう言ってくれるのはわたしが幼い頃から、剣を教えてくれたお兄様と同じ副団長の、クラーク子爵家当主オーヴェン・クラーク、三十五歳。
 わたしのお父様のような存在。ううん、お父様よりも慕っているかも。

「オーヴェン様、こんな小娘が参加しても色気も可愛さもないわ。みんなからしたらハナタレだもの」

 わたしがクスクス笑いながら言うと、彼は「まあ、わたしからすればオリエ様はハナタレですが、若い騎士からすれば憧れの人ですよ」と笑いながら答えた。
 オーヴェン様の剣はとても厳しく正確に相手を攻めこむ。
 練習とはいえ、少しでも気を緩めると怪我をしかねない。その緊張感がとても気持ちがいい。
 こちらに戻ってきてからは、ギルも学校から帰って来ると一緒に参加するようになった。
 流石さすがブルダの息子だけあって才能に恵まれている。
 そしてブルダのとても優しい(?)英才教育で、彼の才能はしっかり開花しているみたい。
 わたしでも負けてしまうこともある……少し悔しいのだけど。
 実家に戻ってきてからはほとんどドレスを着ることはなくなった。
 騎士服か、簡単に着脱可能なワンピースが増えた。
 そんなわたしの姿を見ても、お父様は何も話しかけてはこない。
 わたしもなんとなく避けてしまい、お互い話さずに過ごしている。


「オリエ、久しぶりだな」

 実家に戻って数週間がった頃、懐かしい人が騎士団に帰ってきた。
 わたしの従兄いとこでこの騎士団に所属しているアレック・バーグル、十九歳。
 お父様の弟の息子で、今はバーグル領の騎士団に所属している。
 こちらには年に数回用事がある時に帰ってきているらしい。
 わたしは王太子妃教育が忙しくて、ここ数年会っていなかった。

「アレック兄様! 懐かしいわ、すぐに手合わせいたしましょう」
「おい、帰ってきて早々それはないだろう?」
「だって久しぶりなんですもの、ぜひ兄様と手合わせしたいわ」
「ずっと王太子妃なんてしていたから体がなまってるだろう? そんな奴と手合わせしたら怪我させるだけだぞ?」
「最近は毎日みんなの中に入れてもらって鍛錬をしているから少しは相手になると思うの、ね、いいでしょう?」

 兄様はオーヴェン様をチラッと見てお伺いを立てているみたい。

「はあー、仕方ないな、怪我しても知らないからな!」
「うん、ありがとう!」

 兄様の剣はオーヴェン様やお兄様とは全然違う。荒々しくて激しい。
 なのに、兄様は全く呼吸が乱れていない。
 わたしは兄様の剣先をなんとかとらえるのが精一杯で防御しかできない。
 攻めることもできず、簡単に負けてしまった。

「兄様、いつまでいらっしゃいます? わたし、兄様が帰るまでにもう少し腕を上げますのでリベンジさせてください」
「ほんっと、弱いくせに負けず嫌いは変わらないな」

 兄様はそう言うとわたしの頭に手を置き、髪の毛をくしゃっとして笑った。

「もう、せっかくマチルダが髪を綺麗にしてくれたのに!」
「ブルダも帰ってきているのか?」
「もちろんよ、マチルダとブルダは連れて帰ってきたわ」
「俺も後でブルダと手合わせしよう!」
「ブルダは弱い人とはしないわ!」

 負けたわたしはついムキになって兄様に意地悪を言った。

「そうか、ブルダはオリエとはしないのか、可哀想に」
「違う! 兄様としないと言ったの!」
「へえ、そっかあ。俺がブルダに負けていたのは俺が十五歳までだ! それからは勝つことも増えてきたんだぞ!」
「え? そうなの?」

 先ほどからそばに控えていたマチルダがうなずいた。

「はい、残念ながら本当です。アレック様はとても才能のあるお方だと思います」
「いいなー、わたしも男に生まれて思いっきり剣を振るいたかったわ」
「そんなことしたら殿下も俺も、この恋を諦めなきゃいけなくなるからダメだろ」

 アレックが何かボソッと言ったけど、わたしの耳には届かなかった。

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