そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ

文字の大きさ
表紙へ
3 / 19
1巻

1-3

しおりを挟む
     ◇ ◇ ◇


 オリエが実家に帰ってから数週間がってしまった。

「迎えに行きたい」

 俺がボソッとつぶやくと、すぐに言葉が返ってきた。

「オリエ様は今ご実家で充実した日々を送っておりますので、どうぞジョセフィーヌ様と仲睦なかむつまじくお過ごしください」
「お前まで言うのか、側近のくせに」

 俺の側近であるブライス・ベナートル、伯爵家次男で幼い頃からの幼馴染おさななじみでもある。

「ジョセフィーヌ様に愛しているなど言ってイチャイチャしながら過ごす姿を皆見ております。今更演技だと言われても、そちらの言葉を疑いたくなります」
「……そんな風に見えるか?」
「はい、側妃に夢中になる王太子に見えます」
「嬉しくはないが仕方ない。それがこちらの思惑なんだからな」
「ブルーゼ公爵の動きは?」
「オリエ様が実家に戻られたと聞いてご機嫌がうるわしいようですね」
「ふうん、では一度呼び出してみるか」
「どうして?」
「向こうも俺がオリエに対してどう考えているか知りたいだろう?」
「ジーナ様もついて来られるのでは?」
「アレは鬱陶うっとうしいが、父親の公爵と一緒の方が罠もかけやすいかもしれない。その時はジョセフィーヌも連れて行くとしよう」
「ジョセフィーヌ様の命が狙われるのでは?」
「いや、その危険はない。ジーナは俺を愛しているわけではない、愛しているのは自分を王妃にしてくれる地位だ。正妃でなければ王妃になれないから、俺に固執している。ジョセフィーヌは絶対に側室のままだ」
「どうしてそう言いきれるのですか?」
「父上である陛下が、ジョセフィーヌの父親に側室として迎えるならよいと、俺との結婚を許可したんだ。彼女は茶色の髪だろう? 王妃の絶対条件であるブロンドじゃないからな」
「そう言えば……王妃は皆ブロンドですね……側妃様は確かに違う髪の色……」
「だからオリエは三歳で俺の婚約者になったんだ。あのブロンドはこの国でもなかなか少ない、輝くほど綺麗な髪だ」
「ジーナ様もブロンドではありますが、まぁ、普通ですもんね」
「ジーナのプライドが許さないんだろうな、同じ公爵家の娘として。オリエがいなければ自分が選ばれたと考えているはずだ」


     ◇ ◇ ◇


 兄様は忙しく、なかなか手合わせをしてもらえないまま時間がってしまった。
 オーヴェン様はなぜかわたしのそばにいる。
 今もにこにこ笑顔で「オリエ様、このお茶とても美味しいですね」と、なぜか二人でお茶をして過ごす時間が増えた。

「ほんと、美味しいですね。……ところでオーヴェン様はお仕事がお忙しいのでは?」
「最近はオリエ様の兄君がしっかりしてきたので、わたしはゆっくりさせていただいております」
「お兄様が? オーヴェン様に比べたらまだまだでしょう?」
「いえいえ、ここ最近は技術も上達してきましたし、まだ弱い面もあった精神もかなり強くなられました。立派な当主にいつでもなれるでしょう」
「まあ、そうなのですか?」

 ――一年以上も実家を離れていたのだもの、気がつかないうちに周りは変化しているのね。
 少し寂しい気持ちになった。
 そんな会話の途中、わたしはここ最近考えて動いていたことをオーヴェン様に話してみた。

「オーヴェン様は市井しせいで子供達が働いていることはご存じですか?」
「もちろん知ってはいます、片親の子、貧しい子達は皆働いているでしょう」
「それでは、その子達の労働環境や賃金についてはどうですか?」
「いえ、そこまでは……」
「わたしも調べるまではほとんど知りませんでした。雇い主への隷属、劣悪な労働環境、生活するには足りないほどの低い賃金……その子達が少しでも今の生活の状態を改善できないかとずっと考えていました。わたしの力では何もできない……それでも何かをしたい。唯一わたしができること……子供達に安心して働く場所と技術を与えたいのです」
「働く場所と技術?」
「はい……女の子達には刺繍ししゅうや裁縫を教え、それを仕事にしてもらおうかと……男の子達には算術や字を教え、ゆくゆくはお店を開けるようになってもらいたいのです。もちろん全ての子供を救うことはできませんが、少しずつ輪を広げていきたい。わたしは資産としてお父様から領地をいただいております。それに鉱山も……それらを使い、投資したいのです。お力を貸していただけないでしょうか?」
「大変なことですよ。口では簡単に言えますが、結果が出るには数年の時間がかかります」
「わかっています、ですからオーヴェン様にお願いしているのです。オーヴェン様は商会も運営されていらっしゃいますよね? 子供達にそういった技術を教えていただけそうな方を何人かご紹介願えませんか」

 わたしはオーヴェン様の目を見つめて言った。

「算術や字ならわたしも教えられます。街の方々にこの先の展望をお話ししたところ、数名の方から無償のご援助を約束いただきました。子供達は覚えが早いですから、最初の何人かにきちんと指導すれば、その子達が下の子達に教えてくれるでしょう。また別の子達には、鉱山から出た商品にならない宝石の屑石くずいしを加工し、安価な宝飾品を作れるよう、今技術を習得してもらっています。市井しせいで売ってもらいたくて。そしてその加工した屑石くずいしはドレスなどの飾りとしても使えないか、と思っております」
「ほう、確かに屑石くずいしは捨てるしかないものですが、そう上手くいきますか?」


「マチルダ、持ってきてくれる?」
「はい」

 マチルダに頼んで試作品をいくつか持ってきてもらった。貴族が着る豪華なドレスではなく、市井しせいで普通に誰でも買えそうなドレスの胸元に小さな宝石をちりばめてみたのだ。

「とても綺麗ですね、元々が屑石くずいしとは思えません。それにこのドレスもいい出来だ。これなら売り物になるでしょう」
「本当ですか? これは数人の子供達に教えて作らせたものです。ドレスも着なくなったものを再利用したのです。覚えたばかりの縫製の技術を使って」
「子供達に? それにドレスを再利用したと?」
「はい、そしてこれがブレスレットとネックレスです」

 小さな宝石に穴を開けてつなげた色とりどりの宝石。とても可愛らしくできている。

「これは……売れますね」

 オーヴェン様は細やかな宝飾を見て顔をほころばせていた。

「凄いでしょう? 子供達は手が小さいので細かい作業がとても上手なのです。それに頑張ればお金になるとわかっているので、一生懸命覚えてくれました。きちんとした技術が身につけば、将来、独立できる可能性もあります。こうして子供達が得意分野の技術を習得していけば、たとえ貧しく暮らすことになっても、楽しく働いて生きていけるのではないかと思ったのです。同じ働くなら楽しまなくては」

 最初は夢物語かもしれない、でもわたしは懸命に言い募る。

「もちろん簡単なことではありません。だからお父様にも頼んで貴族の方達に少しでも力になってもらえるようにお願いするつもりです。施しではなくて自分達の力で生きていけるように少しでも力になれればと考えています」
「そこまで考えていらっしゃるとは……わかりました。ではわたしも少しですが、何ができるか考えてみましょう」
「ありがとうございます、ぜひお力をお貸しください」

 わたしはこれからいろいろな人達に頭を下げてまわるつもりだ。
 オーヴェン様のように上手く話が進まないことが多いのはわかっている。それでも動き出した。
 わたしは突き進むつもりだ。


     ◇ ◇ ◇


「ブルーゼ公爵が今日登城してきた? ジーナも一緒か?」

 ブライスの話に呆れながら聞いた。
 確かに俺は呼び出した。だがまだ日にちすら決まっていないのに、彼は強引にやって来た。
 俺はめられているのか?
 俺がオリエと別れてジーナと結婚するとでも思っているのか?
 オリエに毒を盛り殺そうとした女をめとるなんてあり得ないのに!
 俺はオリエに毒を盛って死んだ使用人と仲の良かった使用人を、わざとジーナ達のお茶の世話係とした。そしてその者に告げる。

「いいか、毒が入っていた瓶に無害な薬を入れた。これをあの二人にわかるように見せつつ、だがこっそりと入れろ。あの二人がどんな顔をするか、それを飲むのか様子を見たい、できるか?」
「はい、かしこまりました」

 そして使用人は二人の前でお茶をれ始めた。
 俺は二人に柔らかに挨拶をした。
 使用人は挨拶している隙に薬をこっそりと入れている。
 二人は俺と話しているのにもかかわらず、使用人の手元を見てギョッとした顔をした。

「公爵、どうした?」

 俺がわざと問いかけると「いえ、何もございません」と少しうろたえてはいたが、流石さすがたぬき。すぐに動揺を隠して笑顔で俺と話し出した。
 ジーナも顔を引きらせながらも気持ち悪い猫撫ねこなで声で話しかけてきた。

「殿下ぁ、お久しぶりです。お会いできなくてぇ、とても寂しかったです」

 公爵令嬢がそんな話し方をするか?
 俺は鳥肌が立ち、同時になんでこんな女と付き合ったのだろうと昔の自分の愚かさに溜息ためいきがでた。

「久しぶりだな」

 これが精一杯の返事だった。

「二人とも座ってお茶でも飲んでくれ」

 俺がお茶を勧めても手を動かそうとしない。

「このお茶は隣国から取り寄せた珍しい茶葉を使っているんだ、ぜひ飲んでみてくれ」

 俺はそう言うと自分のお茶に口をつけた。
 二人はビクッとして俺を見つめた。
 俺は何食わぬ顔をして飲み続けた。

「どうした? 感想を聞きたいのだが?」

 もう一度お茶を勧めると、二人は顔を見合わせて仕方なく口をつけたフリをした。

「そんなにこのお茶が飲みたくないのか?」

 俺はわかっていながら、さらに勧めた。

「え、いえ、飲みます」

 二人とも慌てて飲み始めた。

「美味しいだろう? うちの使用人が美味しくなるようにと、この瓶に入っているエキスを一滴入れたんだ」
「その瓶は? え? あ、あの……」
「うちの使用人が持っているのを見て、教えてもらったんだ。この国では珍しいエキスで体にとてもいいらしい。もっと入れた方が効果があるかもしれないな、俺が入れてやろう」

 俺は瓶の蓋を開けてたくさん入れ、「さあどうぞ」と勧めた。

「殿下、そんなにたくさん入れたら飲めません」
「どうして?」
「だって、何が入っているかわからないではないですか?」
「俺も今飲んだが、美味しかったぞ。うちの使用人が何か変なものを入れたと言いたいのか?」

 俺は二人をにらみつけた。

「め、滅相めっそうもありません。そう言えば、わたくしめを呼び出された理由をお伺いしてもよろしいですか?」

 公爵は話をすり替えようと必死だ。
 この瓶の中身はすり替えているのでもちろん毒ではない。これは下剤だ。
 今夜は二人とも眠れぬ素敵な夜を過ごすことになるだろう。

「ああ、陛下から伝言を預かっていてな」
「陛下からの?」
「ジーナ嬢、君にはバルセルナ辺境伯の元へ嫁いでもらうことになった。公爵令嬢がまだ嫁に行っていないことを陛下がとても心配されて決められたそうだ、よかったな」
「な、な、なぜ?」
「なぜって、陛下のお優しいご配慮に決まっているだろう?」

 俺はジョセフィーヌを隣に座らせて仲睦なかむつまじい姿を見せながら話す予定だったのに、突然の訪問でできなかった。だからいきなり来た二人に対して、真っ先に意地悪く切り返した。
 恐々とお茶を飲む二人に追い打ちをかけて言った。
 陛下にジーナとバルセルナ辺境伯の婚姻を勧めたのはもちろん俺だ。
 辺境伯は少しクセのある男で、なかなか嫁の来手がない。令嬢達からは敬遠されている変わり者だ。ジーナとの話を持っていくとすぐに了承した。
 公爵がいくら嫌な顔をしても陛下からの勧め、それは王命と同じだ。
 婚約者のいない行き遅れのジーナに断るすべはない。
 だから俺はニヤッと笑った。

「俺はオリエを離縁する予定はない。アレはお飾りとは言え、いずれ王妃となるだけの才と気品を持っている。彼女ほど俺にふさわしい王太子妃はいない。それにあの見事なブロンドの髪は俺の後継を産むのにふさわしい。なぁ、公爵もそう思うだろう?」

 ――ジーナには王妃としての品格も才能もない。お前はふさわしくないのだ。オリエは比べようがないほど優秀だ。
 ジーナは俺の言葉の意味がわかったのか、物凄い形相で俺を見つめた。

「しかし、愛のない妻など……」

 公爵は、なんとかジーナの婚姻をやめさせようとした。

「俺にはジョセフィーヌがいる。正妃は子さえ産めばよい。なぜかジーナ殿は俺とオリエとの仲を心配してくれているようだが、俺は離縁をする気など一切ない。たとえ誰かが何かをしようとも。だから安心してバルセルナ辺境伯の元へ嫁げばいい」

 ――邪魔なジーナはとにかく辺境伯のところへでも行ってもらう。お前など何があってもめとることなどない!
 ジーナは下唇を強くみ締めて俺をにらんできた。
 公爵はまだ何か言おうと何度も口を開きかけては閉じていた。

「ジーナ嬢、君にはバルセルナ辺境伯と幸せに暮らしてほしい」
「……っな、わたし……」
「君に拒否権はない」

 ――ジーナには一切文句を言わせはしない。
 俺の大事なオリエに毒を盛ろうとしたんだ。俺の目の前からいずれは消し去ってやる。
 お前達の悪行についてあと少しで証拠が全てそろう。
 公爵にも一言。

「あぁ、この綺麗な瓶、気になっているようだからやるよ、今夜はゆっくり休んでくれ」

 お前達を逃しはしない。周りの奴らもまとめて排除してやる。
 俺は柔らかに笑った。


 公爵達が帰ったあと、俺は自分の執務室にいた。

「この書類は?」

 ブライスが持ってきた書類や手紙の中から気になるものが出てきた。

「はい、こちら金額がかなり捏造ねつぞうされています」
「こんなに税金を長年誤魔化していたのか……」

 ブルーゼ公爵は、領地の収入をかなり低く報告して脱税をしていることがわかった。
 国に報告をしている税率が、領民に課している税率と違う。
 さらに自身の商売で得た利益も大幅に低く報告している。
 税務官に賄賂を渡して監査報告も誤魔化してもらい、長年見逃してもらっていたようだ。
 かなり悪質だ。公爵だけではなく、公爵が親しくする貴族達もそれに倣っていた。
 これはまだまだ調べないといけないことが増えそうだ。
 陛下に報告をして調査員を増やそう。
 またこれでオリエに会いに行けなくなる。
 俺はせわしく動き回り、オリエに関する報告を聞くだけの毎日を仕方なく過ごした。

「あー、オリエが離縁の準備を始めたらしい」

 影から報告を聞いて俺が頭を抱えていると、ブライスは呆れた顔をした。

「殿下、だから言ったでしょう! 貴方がジーナ様なんかと付き合うから! あんな権力好きの女と付き合った貴方が悪いんですよ。それもまだ十三歳だったオリエ様の前でイチャイチャして、彼女がどれだけ悲しそうな顔をしていたか……さらにジョセフィーヌ様ともベッタリで。捨てられて当たり前ですよ、俺ならもっと早くに捨てていますね」
「……どうしてもオリエには素直に好きだ、愛していると言えないんだ。あいつの前では平然としていられない……どうでもいい他の女の前なら、いくらでも笑顔になれるのに」
「完全にこじれてゆがんでいますね、捨てられるしかないですよ」
「お前、それでも側近か?」
「俺しかここまで言ってあげられる人はいないでしょう?」
「……手放すしかないのか? オリエの幸せのために……」

 ――俺以外の横で他の男とオリエが微笑ほほえんでいるなんて……考えただけでおかしくなりそうだ。


     ◇ ◇ ◇


 少しずつわたしの生活は変わってきた。
 騎士団での鍛錬も楽しい。市井しせいで子供達と接するのも楽しい。
 孤児院の慰問だけではない。実際、いくつかの家を作業場として借り、子供達はそこで仕事を覚え始めている。わたしはできるだけ時間を作ってそこにも顔を出している。
 算術や字はもちろんのこと、刺繍ししゅうならそれこそ手をとって教えてあげられる。
 この作業所にわたしが子供の頃読んだ本をたくさん置いて、自由に読んでもらう。
 子供達は本に触れることが少ないので興味津々、みんな字を覚えるのもとても早い。
 でもここではお金を稼げない。
 だからきちんと子供達を管理する者を置き、ここでした勉強や作業に一定の基準を設け、その分を給金として支払う。
 花を売ったりして稼ぐのと今は変わらないくらいしか貰えないが、自分のために技術を身につけながら稼げるので、ここに来る子供も増えてきた。
 でもこの作業所は赤字で売り上げなどほとんどない。
 ここの経営費はわたしの懐から出している。
 最近はこの動きに賛同してくれる貴族の人達も出資してくれるようになった。
 わたしが提案したのだが、マチルダの兄であるアンドラが中心で動いている。
 アンドラも公爵家の使用人で、お兄様にお願いして彼に助けてもらっている。
 軌道に乗れば、ただのボランティアではなくてきちんとした利益の出る仕事として公爵家で取り入れてくれるよう、確約もとった。
 先は長いけど、わたしは王太子妃として過ごすよりも市井しせいで子供達と楽しく過ごす方が向いている気がする。

「オリエ様、ここはどうしたらいい?」

 図案を写し刺繍ししゅうを刺していくのだが、やはりステッチの仕方がいろいろあって、糸の色や縫い方の組み合わせは難しい。器用な子もいれば不器用な子もいる。
 女の子でも刺繍ししゅうが苦手な子はアクセサリー作りをしたり、屑石くずいしの加工をしたりする。算術に向いている子もいる。
 逆に男の子でも、細かい作業が得意な子はアクセサリー作りをする子もいる。
 ただ、ここで働き技術を教えてあげる代わりに条件を一つだけ作った。
 来たら必ず算術と字の勉強を三十分はして帰ること。
 これをしない子供は受け入れない。
 勉強が得意な子供はさらに難しい算術を覚えてもらい、字も完璧に書けるようになればお店で雇ってもらえるように知識をつけていく。
 これは時間がかかりすぐに成果は出ないけど、いずれは本人達のかてになるはず。
 そしていくつかの作業を通してそれぞれ自分に合うものを見つけて覚えていく。
 いずれはもっと作業の種類も増やしていきたいと、アンドラ達がわたしの手を離れて動き始めてくれた。

『オリエ様、わたし達の力でできることはまだまだ少ないのです。それでも一緒に何ができるのか、考えていきませんか?』

 マチルダに言われた言葉は、今少しずつだけどみんなの力で実現し始めた。
 細く長く、ゆっくりと。


 久しぶりにお茶会に招待されて、マリイ様のお屋敷へ向かうことになった。
 マチルダ達にギュウギュウにコルセットのひもを締められて重たいドレスを着て、髪の毛もがっちりとセットされて久しぶりのお洒落しゃれは窮屈で苦しいだけ。

「ふう」

 大きな溜息ためいきくと、マチルダがすかさず「最近お洒落しゃれをサボっていたからですよ」と一言。
 ――うっ、この頃、わたしの扱いが雑。

「ふふ、確かに。でももうすぐ王太子妃ではなくなるのよ? 平民になるの」

 わたしはマチルダ達に笑みを浮かべた。

「はいはい、オリエ様、平民になるならギルと一緒に三人で暮らしますので、いつでも言ってください」
「あら? なんだか適当な返事?」
「そんなことはございません。オリエ様を一人にしたら何をしでかすかわからないので、いつまでもおそばにいますよ」
「マチルダったら、わたし子供じゃないのよ?」

 ――もう! 本気にしてくれないのね。


 マリイ様は侯爵家で、わたしの幼い頃からの数少ない友人だ。
 お飾りの王太子妃になってからは、公爵令嬢で王太子の婚約者のわたしに今までこびを売ってきた人達がどんどんいなくなった。その中で友人でい続けてくれた、心を許せる大切な人。

「オリエ妃殿下にご挨拶申し上げます。ようこそいらっしゃいました」
「マリイ様、お招きいただきありがとうございます」

 わたしは柔らかに微笑ほほえんで挨拶をする。
 そして目を合わせるとお互いクスッと笑い合い、すぐに砕けた口調になった。

「オリエ様、実家に帰ったと聞いていますが、離縁を? 微力ながら我が家もいつでもお手伝いいたしますわ」

しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。