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第六ーⅠ話 金魚の餌①
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自分が忘れていた過去の記憶。
それを直人が苦しさを吐きだすかのように教えてくれて、こっちの方が息が詰まりそうになった。
「俺は、森崎組という水の中で生きてるだけの金魚だったんだ。外の世界の泳ぎ方なんて知らない、水槽で守られていることも知らないガキだった……責任もなにもとれないくせに、ほしいものを手にいれなくて駄々をこねてるって、わかってるんだよ。でもさ親の死に目に会えないとか、葬式に顔も出せないくらいな危険にさらすのが決まっている人生だったなら、こんな守られ方はしたくなかったよ」
直人は足元に目を落とす。ガラスのような透明な板の上にのせられている彼の足元に影は見えない。
「今の森崎組のことは、綾子さんに聞いたんですか?」
綾子とは直人の母親だ。
「ああ、父さんが死んだ日に母さんが教えてくれたよ。葬式には行かせられないって。今まで、森崎組のこと何にも教えてくれてなかったくせに、なんで俺が殺されるかもしれないの?」
勝手な事情を押し付けてくんなよ、と怒りをにじませる直人は、どこか淋しそうだった。
自分たちはやり方を間違っていたのだろうか。
彼を守りたいと思って危険から遠ざけるだけではなく、森崎組の中に入れて、守るべきだったのだろうか。
いや、それでも自分たちは夢を見ていたのだ。オヤジも、そして自分も。
目の前で幸せそうに笑うカタギの母子。自分ではもう届かない世界に住んでいる人達を、そっとしておきたい。それこそが自分たちの我儘だったとしても。
大人しく賢い直人の母は、決して出しゃばらず、自分の立場をわきまえていて、正妻である姐さんを立ててくれていた。
だからこそ葬式にも顔を出さずにいて、直人を危険から避けてくれて。
しかし、直人にとってはそれは父親の葬式だったのだ。
他人の配慮を余計なものだと突っぱねるほど子供でもなく、しかし、自分の置かれた立ち位置を受け止められず、途方に暮れるしかなかった直人は、動くに動けず。
――こうして、透明な檻に囚われた。
俯いていた彼は何かを振り切るように、勢いよく顔を上げる。
「そんなことより、ここから出る方法を考えないと」
「そんなことではないでしょう?」
彼の中のわだかまりだったようなことを、吐きだしてくれたことは大事だと思うのに。しかし、意地になっているのだろうか。彼はそれ以上言葉を続けるつもりはなかったようだ。
バン!と水槽の壁に手を突くと、結構厚いなと呟いた。
「大体、ここなんだろうな。ワールモーノの特殊能力でこんなのあったなんて初耳だよ」
二人で戦っているのでカンナとりりんの知識程度は同じだ。だから、カンナが知らない以上、りりんも知らない。一体、なんなのだろうか。
「それに、私たちの変身も解除されてるし、一緒にいたしろぽん達もいなくなってますよね」
魔法少女の能力も解除されていては、今の自分たちは普通の人間程度の能力しか使えない。
このまま閉じ込められたままなら、どうなってしまうのだろうか。
「でも、この檻の形……水槽ぽいよな」
自分が思っていたことは直人も感じていたらしく、厚く透明な壁に触れながら、呟く。
「もしかしてここは、直人さんの檻なのではないでしょうか?」
「俺の?」
「妙に貴方の言葉と符合しているのが気になるんですよね……」
自分との思い出が金魚がたとえ話として出ていたせいだろうか。檻が水槽に似ているせいで、金魚にでもなった気分だ。
「そういえば、先ほど言ってた金魚の餌って……」
出会い頭に直人に言われた言葉を思い出す。
まるで意味がわからなかったから覚えている。
金魚の餌が間に合っているという言葉。あれが本当の彼の家の金魚の餌だとは思っていない。彼は何の比喩であの言葉を使ったのだろうか。
「『俺という、金魚』の餌だよ。でも、もう――」
諦めたんだ、と目が言っている。餌をくれない人のところになんて、行かないからな、と自嘲気味に笑う。
自分を金魚という直人。彼が求めていた餌を自分がもっていくはずだった?
彼が欲しかったものがわかるようでわからなくて、そのまま疑問を口にした。
「貴方が欲しかったものはなんですか?」
それを直人が苦しさを吐きだすかのように教えてくれて、こっちの方が息が詰まりそうになった。
「俺は、森崎組という水の中で生きてるだけの金魚だったんだ。外の世界の泳ぎ方なんて知らない、水槽で守られていることも知らないガキだった……責任もなにもとれないくせに、ほしいものを手にいれなくて駄々をこねてるって、わかってるんだよ。でもさ親の死に目に会えないとか、葬式に顔も出せないくらいな危険にさらすのが決まっている人生だったなら、こんな守られ方はしたくなかったよ」
直人は足元に目を落とす。ガラスのような透明な板の上にのせられている彼の足元に影は見えない。
「今の森崎組のことは、綾子さんに聞いたんですか?」
綾子とは直人の母親だ。
「ああ、父さんが死んだ日に母さんが教えてくれたよ。葬式には行かせられないって。今まで、森崎組のこと何にも教えてくれてなかったくせに、なんで俺が殺されるかもしれないの?」
勝手な事情を押し付けてくんなよ、と怒りをにじませる直人は、どこか淋しそうだった。
自分たちはやり方を間違っていたのだろうか。
彼を守りたいと思って危険から遠ざけるだけではなく、森崎組の中に入れて、守るべきだったのだろうか。
いや、それでも自分たちは夢を見ていたのだ。オヤジも、そして自分も。
目の前で幸せそうに笑うカタギの母子。自分ではもう届かない世界に住んでいる人達を、そっとしておきたい。それこそが自分たちの我儘だったとしても。
大人しく賢い直人の母は、決して出しゃばらず、自分の立場をわきまえていて、正妻である姐さんを立ててくれていた。
だからこそ葬式にも顔を出さずにいて、直人を危険から避けてくれて。
しかし、直人にとってはそれは父親の葬式だったのだ。
他人の配慮を余計なものだと突っぱねるほど子供でもなく、しかし、自分の置かれた立ち位置を受け止められず、途方に暮れるしかなかった直人は、動くに動けず。
――こうして、透明な檻に囚われた。
俯いていた彼は何かを振り切るように、勢いよく顔を上げる。
「そんなことより、ここから出る方法を考えないと」
「そんなことではないでしょう?」
彼の中のわだかまりだったようなことを、吐きだしてくれたことは大事だと思うのに。しかし、意地になっているのだろうか。彼はそれ以上言葉を続けるつもりはなかったようだ。
バン!と水槽の壁に手を突くと、結構厚いなと呟いた。
「大体、ここなんだろうな。ワールモーノの特殊能力でこんなのあったなんて初耳だよ」
二人で戦っているのでカンナとりりんの知識程度は同じだ。だから、カンナが知らない以上、りりんも知らない。一体、なんなのだろうか。
「それに、私たちの変身も解除されてるし、一緒にいたしろぽん達もいなくなってますよね」
魔法少女の能力も解除されていては、今の自分たちは普通の人間程度の能力しか使えない。
このまま閉じ込められたままなら、どうなってしまうのだろうか。
「でも、この檻の形……水槽ぽいよな」
自分が思っていたことは直人も感じていたらしく、厚く透明な壁に触れながら、呟く。
「もしかしてここは、直人さんの檻なのではないでしょうか?」
「俺の?」
「妙に貴方の言葉と符合しているのが気になるんですよね……」
自分との思い出が金魚がたとえ話として出ていたせいだろうか。檻が水槽に似ているせいで、金魚にでもなった気分だ。
「そういえば、先ほど言ってた金魚の餌って……」
出会い頭に直人に言われた言葉を思い出す。
まるで意味がわからなかったから覚えている。
金魚の餌が間に合っているという言葉。あれが本当の彼の家の金魚の餌だとは思っていない。彼は何の比喩であの言葉を使ったのだろうか。
「『俺という、金魚』の餌だよ。でも、もう――」
諦めたんだ、と目が言っている。餌をくれない人のところになんて、行かないからな、と自嘲気味に笑う。
自分を金魚という直人。彼が求めていた餌を自分がもっていくはずだった?
彼が欲しかったものがわかるようでわからなくて、そのまま疑問を口にした。
「貴方が欲しかったものはなんですか?」
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