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第53話 名探偵リリン2
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「ちなみにリズリーの『うちのパン焼き職人はお見通し』の探偵役のモデルはリリンなんだよ。昔から鋭くて、俺が勉強をさぼって逃げだしてもすぐに居場所を見つけられてしまってね……」
「はぁ」
ぼそっと後ろで創作秘話を漏らすセユン。そのシリーズも全て読破している私としては、作品の解像度が広がってありがたい情報だ。
リリンは昔、モナード伯爵家に勤めていたと言ったがパン焼き職人だったのだろうか。
私がリリンと伯爵家の過去に思いをはせていたが、リリンは続けて爆弾発言を落としてくれた。
「何か考えていたとしてもレティエさんはとても真面目ないい子だったから、何か目的があってここに潜り込んできていたとしても害なすわけじゃなさそうだし、それならうちの坊ちゃまといい仲になってくれればいいなって、伯爵家の勤め人の間で盛り上がっていたのよね」
ちょうどお茶を飲もうとしていたセユンが噴き出した。げほごほとむせていたのをサティがさすってあげている。私の方は固まって何も言えなくなっていた。
私が悪意を持ってここに潜入したとしても構わないと思われていたことも問題だが、その頃から伯爵邸の方では私をそんな風に見られていたということも問題だ。
あることに気づき、もしかして……と、おそるおそる私は質問をした。
「あの……もしかして、私とセユンさんの噂を流したのってリリンさんだったりします?」
「そうともいうわね」
「リリン! なんてことをするんだ!」
私とセユンの噂が流れたのは、貴族のマダムのサロンに貴族の男が入り浸ったとして、セユンの貴族としてのイメージが悪化するタイミングだった。妙にタイミングがいいとは思っていた。まるで誰かが諮ったようだと。
しかしリリンの思惑はそのフォローのためではなかったようだ。
「何言ってるんですか。ブティックプリメールのセユンが実は独身の伯爵なんてばれたらセユンファンからの問い合わせがきて仕事にならないじゃないですか。それならうちの正体不明だった専属モデルが実は婚約者だとばらして売約済みだってことにしまった方が話が早いし楽ですよ。どうせレティエさんのこともばれてしまってたんですし」
「婚約者!?」
恋人同士という噂が流れていることは聞いていたが、そんな噂まで流されていたなんて知らなかった。
私の驚く姿を見て、サティも首を傾げている。
「あら? お二人ってもうお付き合いしてるんじゃなかったんですか? それとも婚約はまだってことですか?」
「サティさん!?」
リリンと違って悪意なく素直に不思議そうに言ってる分、サティの言葉からさらなる衝撃を与えられてしまった。
「私もてっきり、お二人ってそういう関係だと思ってましたし、うちのお針子たちも噂してましたよ、前々から。だから今回の事件の後、二人が婚約者って噂が流れたのも誰もなんとも思ってなかったというか」
今までそのような目で周囲に見られているなんて気づいてもいなかった。ブティックの店員の人達だって、他のお針子の人だって、変わらず私たちと接してくれていたというのに、裏でそんな風に言われているだなんて。
「ええ!? なんでそんな話に!?」
「えー、セユンさんがプレゼントした服とか着てましたよね? ブティックの子がセユンさんがうちのワンピースを包むように言った時から、あれは絶対恋人に贈るためだとチェックしてて、それをレティエさん着てたからもうこれは確定でしょって……」
女の目と情報は恐ろしい。セユンが私に賄賂といって渡していたものまでそのように邪推されていたなんて。
サティが唇を尖らせているのを、あわあわしながら私が否定していれば、リリンがにこにこしながら両手を合わせている。
「じゃあ、さっさとまとまればいいじゃないですか。おめでとうございます」
勝手に話をまとめようとしたリリンに、セユンは慌てた声をだした。
「バカいえ。こういうのはゆっくりと時間をかけてお互いの愛を確かめあうもんだろ。勝手に外堀を埋めるな」
「んー? 確かめ合うって……それセユンさんとしてはレティエさんを愛してるって言ってるも同じじゃないですかぁ? それならレティエさんにそのまま聞けばいいのに、なんでゆっくり確認する必要あるんですか?」
苦虫をかみつぶしたような顔のセユンに、サティが間髪入れずに言い返す。セユンはそこで自分の失言に気づいたようだ。
「…………あ」
柄にもなく真っ赤になったセユンに、図星の質問をして相手を追い詰めすぎたことにいまさら気づいたサティが、やばい、と口に手を当てた。
私も赤くなった顔を納めきれずにいて、どうしたらいいのかわからず、黙ったまま紅茶のカップに目を落とすしかなかった。
「あの……」
「私ら、やっぱり仕事しに行きましょうか……」
えーと、と目で会話をしていたサティとリリンの二人はそのまま立ち上がり、そそくさと外に出て行ってしまった。
「…………」
「…………」
そして、私とセユンだけがアトリエに取り残されて。
紅茶のカップから湯気だけが立ち上り、空間が静寂に包まれる。
そのような気まずい沈黙の中で、セユンから私にお付き合いの申し入れの言葉が出てきたのは、たっぷり10分はかかった後だった。
「はぁ」
ぼそっと後ろで創作秘話を漏らすセユン。そのシリーズも全て読破している私としては、作品の解像度が広がってありがたい情報だ。
リリンは昔、モナード伯爵家に勤めていたと言ったがパン焼き職人だったのだろうか。
私がリリンと伯爵家の過去に思いをはせていたが、リリンは続けて爆弾発言を落としてくれた。
「何か考えていたとしてもレティエさんはとても真面目ないい子だったから、何か目的があってここに潜り込んできていたとしても害なすわけじゃなさそうだし、それならうちの坊ちゃまといい仲になってくれればいいなって、伯爵家の勤め人の間で盛り上がっていたのよね」
ちょうどお茶を飲もうとしていたセユンが噴き出した。げほごほとむせていたのをサティがさすってあげている。私の方は固まって何も言えなくなっていた。
私が悪意を持ってここに潜入したとしても構わないと思われていたことも問題だが、その頃から伯爵邸の方では私をそんな風に見られていたということも問題だ。
あることに気づき、もしかして……と、おそるおそる私は質問をした。
「あの……もしかして、私とセユンさんの噂を流したのってリリンさんだったりします?」
「そうともいうわね」
「リリン! なんてことをするんだ!」
私とセユンの噂が流れたのは、貴族のマダムのサロンに貴族の男が入り浸ったとして、セユンの貴族としてのイメージが悪化するタイミングだった。妙にタイミングがいいとは思っていた。まるで誰かが諮ったようだと。
しかしリリンの思惑はそのフォローのためではなかったようだ。
「何言ってるんですか。ブティックプリメールのセユンが実は独身の伯爵なんてばれたらセユンファンからの問い合わせがきて仕事にならないじゃないですか。それならうちの正体不明だった専属モデルが実は婚約者だとばらして売約済みだってことにしまった方が話が早いし楽ですよ。どうせレティエさんのこともばれてしまってたんですし」
「婚約者!?」
恋人同士という噂が流れていることは聞いていたが、そんな噂まで流されていたなんて知らなかった。
私の驚く姿を見て、サティも首を傾げている。
「あら? お二人ってもうお付き合いしてるんじゃなかったんですか? それとも婚約はまだってことですか?」
「サティさん!?」
リリンと違って悪意なく素直に不思議そうに言ってる分、サティの言葉からさらなる衝撃を与えられてしまった。
「私もてっきり、お二人ってそういう関係だと思ってましたし、うちのお針子たちも噂してましたよ、前々から。だから今回の事件の後、二人が婚約者って噂が流れたのも誰もなんとも思ってなかったというか」
今までそのような目で周囲に見られているなんて気づいてもいなかった。ブティックの店員の人達だって、他のお針子の人だって、変わらず私たちと接してくれていたというのに、裏でそんな風に言われているだなんて。
「ええ!? なんでそんな話に!?」
「えー、セユンさんがプレゼントした服とか着てましたよね? ブティックの子がセユンさんがうちのワンピースを包むように言った時から、あれは絶対恋人に贈るためだとチェックしてて、それをレティエさん着てたからもうこれは確定でしょって……」
女の目と情報は恐ろしい。セユンが私に賄賂といって渡していたものまでそのように邪推されていたなんて。
サティが唇を尖らせているのを、あわあわしながら私が否定していれば、リリンがにこにこしながら両手を合わせている。
「じゃあ、さっさとまとまればいいじゃないですか。おめでとうございます」
勝手に話をまとめようとしたリリンに、セユンは慌てた声をだした。
「バカいえ。こういうのはゆっくりと時間をかけてお互いの愛を確かめあうもんだろ。勝手に外堀を埋めるな」
「んー? 確かめ合うって……それセユンさんとしてはレティエさんを愛してるって言ってるも同じじゃないですかぁ? それならレティエさんにそのまま聞けばいいのに、なんでゆっくり確認する必要あるんですか?」
苦虫をかみつぶしたような顔のセユンに、サティが間髪入れずに言い返す。セユンはそこで自分の失言に気づいたようだ。
「…………あ」
柄にもなく真っ赤になったセユンに、図星の質問をして相手を追い詰めすぎたことにいまさら気づいたサティが、やばい、と口に手を当てた。
私も赤くなった顔を納めきれずにいて、どうしたらいいのかわからず、黙ったまま紅茶のカップに目を落とすしかなかった。
「あの……」
「私ら、やっぱり仕事しに行きましょうか……」
えーと、と目で会話をしていたサティとリリンの二人はそのまま立ち上がり、そそくさと外に出て行ってしまった。
「…………」
「…………」
そして、私とセユンだけがアトリエに取り残されて。
紅茶のカップから湯気だけが立ち上り、空間が静寂に包まれる。
そのような気まずい沈黙の中で、セユンから私にお付き合いの申し入れの言葉が出てきたのは、たっぷり10分はかかった後だった。
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