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遥香であり、サニーである私
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荘厳なパイプオルガンの音色が響く中、父と共にヴァージンロードを歩く。
今日の私は誰よりも美しいだろう。
白いウエディングドレスはオーダーしたもので、完成までに四回も仮縫いをして直したものだし。
幼い頃からずっと通っていた教会で式を挙げるのは、幼い頃からの夢だったのだ。
今日、その夢が叶う。
父は私と腕を組んで歩く前から感極まったのかずっと泣いていて、こちらが恥ずかしくなるくらいだ。
「遥香、ちゃんと前を向いて。姿勢を伸ばして」
私の反対側には母がいて小声で注意をされた。
父がどうして泣くのかわからない。私の方に嫁に行くという感覚がピンときていないのかもしれないだけで。
そんな私のことを、歳をとっても子供っぽいと両親は不安に思っているようだったが。
いつの間にか陽介のところまで歩みを進めていた。
父から手を離して、陽介の方へと腕を伸ばしたら父の嗚咽がいっそう大きくなって、恥ずかしそうな母の咳払いが聞こえて、ベールの下で思わず笑ってしまった。
「ロードさん……」
小さな声で囁くと。
「綺麗だよ」
そう陽介が囁き返してくれる。
彼の視線が自分にじっと注がれていて、彼が自分に見とれているのがわかった。
ああ、自分はこの人に愛されている――。
照れてしまうのだけれど、そのくすぐったいような感覚が心地よい。
神父様がおっしゃる言葉を聞きながら、初めて彼と会った時のことを思い出していた。
オンラインで毎日のように話していた人。それがロードさん。
本当はどういう人なのだろうと会いたくて会いたくて、初めて会いたいと自分から声をかけた。
男の人は苦手なのに、いつもゲームの中で会うロードは紳士で困った時はいつも助けてくれていて、会うことに不安をまるで感じなかった。
本当は女の人だと思っていた、なんて彼に打ち明けたら憤慨するだろうか。
指輪の交換の時に、視線をさりげなく新郎側の親族が列席する場所に向けた。
幸い彼の肩越しに、お目当ての女性は見えて。
姿勢よく淡い青いドレスを着こなしている友里恵は、昔から変わらない。
すっきりとした美貌は歳を重ねると共に、女性らしい柔らかさが増してますます輝くようだった。
初めて出会った中学生の時、彼女はセーラー服を着ていた。
彼女の学年カラーだった臙脂色のスカーフ留めにひどく憧れた。その色は年下で後輩である自分が身に着けることを許されなかったから。
部活では袴を穿き、誰よりも美しく弓をひく姿に目を奪われた。
彼女を追いかけるように自分も弓道部に入って。
彼女の全てが憧れだった。
この人は私のために存在し、私はこの人のために生まれてきたとすら思っていた。
彼女と同じ大学に進むのも自分にとっては当たり前のことで。
就職も同じ会社を狙っていたけれど、そこまで社会は自分に優しくなかったから、父のコネで同じ業界にいるのが精一杯。
親しい友人にはなれなくても、彼女の親しい後輩。そのポジションにいるのは自分だった。
きっと、私のこの純粋な気持ちを知らない人は、私の傾倒ぶりを知ったら気持ち悪いと思ったかもしれない。
彼女がゲームが好きだと知ったら、そのゲームを自分も始めた。
恥ずかしいといってアカウント名を教えてもらえなかったから、友里恵先輩がゲームにログインしているだろう時間や行動を調べ、そして、この人が先輩なのではないか、という人を突き止めた。
それがロードさんだった。
話しかけ、おしゃべりをしてみてもそうとしか思えなくて。
だからこそ必死になってアピールして。
ゲームの世界だけでもいいから、先輩のたった一人の人になりたかった。
結婚システムがあるこの世界なら、同性でも結婚ができる。
そして周囲に認められれば、カップルだ。
ロードは人気があったから、他の人からも告白され、恋人の証の指輪をたくさん渡されていた。渡される思いを断らないことでも有名で。
それがなおさら、彼が友里恵先輩だと確信させた。その八方美人的な優しさが小憎らしかったのだけれど。
たとえ見かけが変わったとしても、先輩の優しさを私が間違えるはずはない。
矢も楯もたまらず、会いたいとお願いをした。
もし、仲良くしてるサニーが自分の昔からの後輩だと分かれば、彼女は自分を突き放したりしないはずだから。
友里恵先輩を一番知っているのは、この私だから。
「あの、ロードさんですか?」
あの日、ロードに声をかけた。
確かに彼は自分のことを男だとずっと言っていたけれど、実際に会って本当に男性だったことに失望したのかもしれない。
友里恵先輩ではないのだから、即、恋人の証を返してもらって、先輩を探し直そうとも思った。
しかし、なんとなくそんな気になれずにずるずるとそれまで通りに話し続け、少しずつ親しくなって。
本名を教えてもらって、そして私は気づいたのだ。
彼が彼女の弟だったということに。
それからは自分の方が彼にぞっこんになってしまったかもしれない。
お付き合いをはじめ、ロードでなく陽介と呼んでほしいと、控え目に頼まれたけれど、どちらでもいいじゃないの、と笑ってそれを拒絶した。
自分は男性としてロードさんを愛して。
そして女性としては友里恵先輩が好き。
それの何が悪いのだろう?
ロードさんを夫にして、友里恵先輩を義姉にできるなんて、最高だ。
隣に立つ陽介に幸せいっぱいの笑みを浮かべた。
どこか気弱な姿を見せる彼は、ゲームの中と外では人格が違うようで、不思議なところがあるけれど。
でも、私はきっと幸せになれるだろう。
私が幸せにならない未来なんて存在しないのだから。
今日の私は誰よりも美しいだろう。
白いウエディングドレスはオーダーしたもので、完成までに四回も仮縫いをして直したものだし。
幼い頃からずっと通っていた教会で式を挙げるのは、幼い頃からの夢だったのだ。
今日、その夢が叶う。
父は私と腕を組んで歩く前から感極まったのかずっと泣いていて、こちらが恥ずかしくなるくらいだ。
「遥香、ちゃんと前を向いて。姿勢を伸ばして」
私の反対側には母がいて小声で注意をされた。
父がどうして泣くのかわからない。私の方に嫁に行くという感覚がピンときていないのかもしれないだけで。
そんな私のことを、歳をとっても子供っぽいと両親は不安に思っているようだったが。
いつの間にか陽介のところまで歩みを進めていた。
父から手を離して、陽介の方へと腕を伸ばしたら父の嗚咽がいっそう大きくなって、恥ずかしそうな母の咳払いが聞こえて、ベールの下で思わず笑ってしまった。
「ロードさん……」
小さな声で囁くと。
「綺麗だよ」
そう陽介が囁き返してくれる。
彼の視線が自分にじっと注がれていて、彼が自分に見とれているのがわかった。
ああ、自分はこの人に愛されている――。
照れてしまうのだけれど、そのくすぐったいような感覚が心地よい。
神父様がおっしゃる言葉を聞きながら、初めて彼と会った時のことを思い出していた。
オンラインで毎日のように話していた人。それがロードさん。
本当はどういう人なのだろうと会いたくて会いたくて、初めて会いたいと自分から声をかけた。
男の人は苦手なのに、いつもゲームの中で会うロードは紳士で困った時はいつも助けてくれていて、会うことに不安をまるで感じなかった。
本当は女の人だと思っていた、なんて彼に打ち明けたら憤慨するだろうか。
指輪の交換の時に、視線をさりげなく新郎側の親族が列席する場所に向けた。
幸い彼の肩越しに、お目当ての女性は見えて。
姿勢よく淡い青いドレスを着こなしている友里恵は、昔から変わらない。
すっきりとした美貌は歳を重ねると共に、女性らしい柔らかさが増してますます輝くようだった。
初めて出会った中学生の時、彼女はセーラー服を着ていた。
彼女の学年カラーだった臙脂色のスカーフ留めにひどく憧れた。その色は年下で後輩である自分が身に着けることを許されなかったから。
部活では袴を穿き、誰よりも美しく弓をひく姿に目を奪われた。
彼女を追いかけるように自分も弓道部に入って。
彼女の全てが憧れだった。
この人は私のために存在し、私はこの人のために生まれてきたとすら思っていた。
彼女と同じ大学に進むのも自分にとっては当たり前のことで。
就職も同じ会社を狙っていたけれど、そこまで社会は自分に優しくなかったから、父のコネで同じ業界にいるのが精一杯。
親しい友人にはなれなくても、彼女の親しい後輩。そのポジションにいるのは自分だった。
きっと、私のこの純粋な気持ちを知らない人は、私の傾倒ぶりを知ったら気持ち悪いと思ったかもしれない。
彼女がゲームが好きだと知ったら、そのゲームを自分も始めた。
恥ずかしいといってアカウント名を教えてもらえなかったから、友里恵先輩がゲームにログインしているだろう時間や行動を調べ、そして、この人が先輩なのではないか、という人を突き止めた。
それがロードさんだった。
話しかけ、おしゃべりをしてみてもそうとしか思えなくて。
だからこそ必死になってアピールして。
ゲームの世界だけでもいいから、先輩のたった一人の人になりたかった。
結婚システムがあるこの世界なら、同性でも結婚ができる。
そして周囲に認められれば、カップルだ。
ロードは人気があったから、他の人からも告白され、恋人の証の指輪をたくさん渡されていた。渡される思いを断らないことでも有名で。
それがなおさら、彼が友里恵先輩だと確信させた。その八方美人的な優しさが小憎らしかったのだけれど。
たとえ見かけが変わったとしても、先輩の優しさを私が間違えるはずはない。
矢も楯もたまらず、会いたいとお願いをした。
もし、仲良くしてるサニーが自分の昔からの後輩だと分かれば、彼女は自分を突き放したりしないはずだから。
友里恵先輩を一番知っているのは、この私だから。
「あの、ロードさんですか?」
あの日、ロードに声をかけた。
確かに彼は自分のことを男だとずっと言っていたけれど、実際に会って本当に男性だったことに失望したのかもしれない。
友里恵先輩ではないのだから、即、恋人の証を返してもらって、先輩を探し直そうとも思った。
しかし、なんとなくそんな気になれずにずるずるとそれまで通りに話し続け、少しずつ親しくなって。
本名を教えてもらって、そして私は気づいたのだ。
彼が彼女の弟だったということに。
それからは自分の方が彼にぞっこんになってしまったかもしれない。
お付き合いをはじめ、ロードでなく陽介と呼んでほしいと、控え目に頼まれたけれど、どちらでもいいじゃないの、と笑ってそれを拒絶した。
自分は男性としてロードさんを愛して。
そして女性としては友里恵先輩が好き。
それの何が悪いのだろう?
ロードさんを夫にして、友里恵先輩を義姉にできるなんて、最高だ。
隣に立つ陽介に幸せいっぱいの笑みを浮かべた。
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でも、私はきっと幸せになれるだろう。
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