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第十三話 合格おめでとう2
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「……」
その晴れ晴れとした彼とは逆に、こちらの方は言葉が詰まって、返事ができなかった。
思いがけない言葉を言われ、ぽかんとしてしまったのもあったが、たったこれだけのために、最悪懲罰の対象にもなることをこの人はしているのだ。
許された者以外が王族に直接意見を述べ、声をかけることは侮辱罪にあたるから。
法を修めている特士が、そのことを知らないはずはない。
それなのに、この人は、私に直接お祝いを述べてくれた。
しかも同じ努力をしてきた立場の人からのお祝いをもらったのは初めてだった。
目を何度かしばたたかせて、相手をまじまじと見つめる。
ああ、そうだ。この人は自分と同じ苦しさを知っている。
それどころか、きっとこの人は自分より大変だったに違いない。
特士となるのは、ほぼ全員が貴族出身である。
彼は家名を名乗らなかったことからも、きっと平民だろう。
合格するために勉強をし続けるためには相当裕福な家の出か、そうでなかったとしてもパトロンを上手くつけることのできた人しか受験する余裕はない。
この国の就職は縁故で徒弟制度がメインということは、職業に必要な教育しか施されないということにもなっていて全般的にこの国は教育水準が低い。つまり教養は一部の人間の占有財産に近いのだ。
まず受験をできる環境を得ているかどうかからスタートし、合格するにはある程度の準備期間が必要で、一生費やしても受からなかった人だっている。
自分のスタートラインとは違い、彼はどのようにそれを工面したかは知らない。
しかし、彼は私のその恵まれた環境を羨んだり、妬んだりはせず、ただ、私の努力が実ったことを褒めてくれた。
きっと、自分の知らないところでこの人も、血のにじむような努力をしてきたのだろう。
そして相手も同じく、合格を誰かと分かち合いたかったのだろう。同じ合格者同士で。
しかし、そんなことができる相手は身近にいなかったのだ。
だから、私に声をかけたのかもしれない。
その一言に、彼のそんな背景が透けて見えた。
私は大きく頷いた。
「リベラルタスと言いましたね。どちらの貴族の後見での出願ですか?」
「はい、エンドラ公爵様です」
ああ、やはり。彼は平民だ。しかし自分の身元を保証する貴族に公爵を立てるなんて、彼は相当優秀なのだろう。
「……ありがとう、リベラルタス。そして、そなたも合格おめでとう。お互いにこれから国家に対して誠実に、職務を忠実に行い頑張りましょう」
おめでとう。貴方の未来に幸あれ。
「ありがたいお言葉……。自分は司法庁に籍を望んでおりますが、誠心誠意、勤めることを誓います」
司法庁……スピネル様のところにか。激務で有名なあそこに行くとは、なかなかやる気に満ちているようだ。
「叙任式でお会いしましょう。それまで息災に」
そう声をかけるとリベラルタスは感極まったように頭を低く下げ、それから侍女たちにももう一度頭を下げてから去っていく。
それを王女らしく頷いて受け取り、改めて背を向けて祭壇の方に歩き、お祈りを続けようとして……頭を抱えそうになった。
……しまった。格好つけすぎた。
あれでは特士として、自分がどこかに仕事をしにいくような言い回しだ。
リベラルタスの口から、王女ステラはどこかに特士として働くらしいと周囲に触れ回られるかもしれない。
実際のところ、自分の職業の希望はことごとく潰されたり邪魔されたりしているので、八方塞がりであるというのに。
「まさか……あの者もスピネル様の回し者ではないでしょうね」
「ステラ様……スピネル様をなんだと思っていらっしゃるのですが」
私の失言を誘うためにスピネルが送り込んだのかも、とロジャーにこぼしたら、さすがに疑心暗鬼すぎますよ、とたしなめられてしまった。
もう会うこともないだろう平民出身の彼。
特士同士でも、彼とは違う道を進むだろう自分は、もう彼と話せる機会もないだろうから。
――そう思っていたのだが。
しかしまさかこの後、彼と深く関わりあうようになるとは、思ってもみなかった。
その晴れ晴れとした彼とは逆に、こちらの方は言葉が詰まって、返事ができなかった。
思いがけない言葉を言われ、ぽかんとしてしまったのもあったが、たったこれだけのために、最悪懲罰の対象にもなることをこの人はしているのだ。
許された者以外が王族に直接意見を述べ、声をかけることは侮辱罪にあたるから。
法を修めている特士が、そのことを知らないはずはない。
それなのに、この人は、私に直接お祝いを述べてくれた。
しかも同じ努力をしてきた立場の人からのお祝いをもらったのは初めてだった。
目を何度かしばたたかせて、相手をまじまじと見つめる。
ああ、そうだ。この人は自分と同じ苦しさを知っている。
それどころか、きっとこの人は自分より大変だったに違いない。
特士となるのは、ほぼ全員が貴族出身である。
彼は家名を名乗らなかったことからも、きっと平民だろう。
合格するために勉強をし続けるためには相当裕福な家の出か、そうでなかったとしてもパトロンを上手くつけることのできた人しか受験する余裕はない。
この国の就職は縁故で徒弟制度がメインということは、職業に必要な教育しか施されないということにもなっていて全般的にこの国は教育水準が低い。つまり教養は一部の人間の占有財産に近いのだ。
まず受験をできる環境を得ているかどうかからスタートし、合格するにはある程度の準備期間が必要で、一生費やしても受からなかった人だっている。
自分のスタートラインとは違い、彼はどのようにそれを工面したかは知らない。
しかし、彼は私のその恵まれた環境を羨んだり、妬んだりはせず、ただ、私の努力が実ったことを褒めてくれた。
きっと、自分の知らないところでこの人も、血のにじむような努力をしてきたのだろう。
そして相手も同じく、合格を誰かと分かち合いたかったのだろう。同じ合格者同士で。
しかし、そんなことができる相手は身近にいなかったのだ。
だから、私に声をかけたのかもしれない。
その一言に、彼のそんな背景が透けて見えた。
私は大きく頷いた。
「リベラルタスと言いましたね。どちらの貴族の後見での出願ですか?」
「はい、エンドラ公爵様です」
ああ、やはり。彼は平民だ。しかし自分の身元を保証する貴族に公爵を立てるなんて、彼は相当優秀なのだろう。
「……ありがとう、リベラルタス。そして、そなたも合格おめでとう。お互いにこれから国家に対して誠実に、職務を忠実に行い頑張りましょう」
おめでとう。貴方の未来に幸あれ。
「ありがたいお言葉……。自分は司法庁に籍を望んでおりますが、誠心誠意、勤めることを誓います」
司法庁……スピネル様のところにか。激務で有名なあそこに行くとは、なかなかやる気に満ちているようだ。
「叙任式でお会いしましょう。それまで息災に」
そう声をかけるとリベラルタスは感極まったように頭を低く下げ、それから侍女たちにももう一度頭を下げてから去っていく。
それを王女らしく頷いて受け取り、改めて背を向けて祭壇の方に歩き、お祈りを続けようとして……頭を抱えそうになった。
……しまった。格好つけすぎた。
あれでは特士として、自分がどこかに仕事をしにいくような言い回しだ。
リベラルタスの口から、王女ステラはどこかに特士として働くらしいと周囲に触れ回られるかもしれない。
実際のところ、自分の職業の希望はことごとく潰されたり邪魔されたりしているので、八方塞がりであるというのに。
「まさか……あの者もスピネル様の回し者ではないでしょうね」
「ステラ様……スピネル様をなんだと思っていらっしゃるのですが」
私の失言を誘うためにスピネルが送り込んだのかも、とロジャーにこぼしたら、さすがに疑心暗鬼すぎますよ、とたしなめられてしまった。
もう会うこともないだろう平民出身の彼。
特士同士でも、彼とは違う道を進むだろう自分は、もう彼と話せる機会もないだろうから。
――そう思っていたのだが。
しかしまさかこの後、彼と深く関わりあうようになるとは、思ってもみなかった。
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