月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第211話

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「オアシスの水を汲むときには、そこに居る精霊に感謝の唄を捧げてから汲むようにしているけど、汲んだ水には精霊の力が働いているんだろうか。単純に精霊の元から水を汲ませていただきますという挨拶とお礼にしか、考えていなかったんだけどな」
 羽磋は、遊牧の際に女性や子供たちが水汲みをする姿を、思い浮かべていました。そして、そこで歌われる水汲みの唄も思い出しました。羽磋も子供の頃は水汲みに参加していましたから、この唄はよく覚えていたのでした。羽磋の頭の中に流れてきたその唄は、輝夜姫の声で歌われるものでした。彼はしばらくの間、思い出される輝夜姫の歌声に合わせて、その唄を口ずさんでいました。
「そうだ、俺達の他にも、荷を積んだ駱駝が何頭か交易路から落下していたから、ひょっとしたらこの池に駱駝や荷が流れ着いているかもしれない。いや、ここだけでなくて、ここから川となって水が流れ出している洞窟の方へも入り込んでいるかもしれない。食べ物や飲み物は、まだまだ手に入るかもしれないぞ」
 そのような考えが頭に浮かび上がった羽磋は、それを伝えて安心をさせようと王柔たちの方へ顔を向けました。でも、羽磋はその言葉を口から出すことはありませんでした。あまりに疲れていたのでしょう。王柔と理亜は、水と食べ物を口にした後で、一つのマントの下でぐっすりと眠りこんでいました。
「疲れていたんだなぁ、王柔殿も理亜も」
 羽磋は、寝息を立てている彼らの方へ優しい視線を送ると、今度は上を向きました。水面から放たれているほのかな青い光を受けて砂岩が複雑な影を描いている天井が、彼らの頭上をすっかりと覆っていました。
 ずっしりと重く感じる身体をゆっくりと動かして、羽磋は周囲を見渡しました。
 壁が水面に近いところでは、青い光に照らされて岩壁が出たり入ったりしながら大空間の奥の方まで続いているのが見えました。また、壁が水面から離れているところでは、地面の奥が岩壁の襞の間に生じる暗闇の中に消えて行っているところもありました。先ほどは地面の上を歩いてこの大空間のずっと奥の方まで調べに行きました。そのときに岩壁の奥の方、影となっているところに何かがないかと、できるだけの調査をしました。でも、水面を挟んで反対側の暗闇の中は、こちら側からは見通せていませんでした。
 おそらく、羽磋が調べたこちら側の岩壁と同じように、あちらがわでも岩壁が襞の様に出入りしているだけで、その影の奥がどこかにつながっているということはないと思いますし、そこから危険な何かが現れるということもないようには思います。でも、羽磋はこのような地下の大空間でどの様なことが起こり得るかの知識を持ってはいませんでしたし、ましてや、そこに精霊の力が働いている場合はどうかなど、想像もできませんでした。
「正直俺も疲れているんだけど、やっぱり、見張りは必要だよなぁ。ですよねぇ、冒頓殿。死んだら終わりですものね」
 やはり、このような何が起きるかわからない場所で、全員が一度に寝入ってしまう訳にはいきません。羽磋は、心の中で護衛隊の隊長に話しかけるようにして踏ん切りをつけると、大きなあくびを一つかみ殺して、まずは自分が見張りとして起きておくことにしました。


 最初の見張りとして自分が起きておくと決めた羽磋は、膝に手を添えて立ち上がりました。身体を休めることも大事ですが、このまま座り込んでいると自分も寝入ってしまいそうだったからでした。
 ほのかな青い光に満たされた中を、彼はゆっくりと歩くことにしました。もちろん、王柔や理亜が寝ているところから遠くには行きません。彼らの近くの同じようなところを何度も往復しながら、彼はこれまでの出来事を思い起こしたり、これからのことについて考えたりをしていました。
 今の羽磋たちは地中に広がる大空間に閉じ込められているという状況ではありましたが、羽磋は不思議と「ここから二度と出ることはできないんだ」というような、絶望的な気持ちにはなっていませんでした。
 もともと、羽磋は悲観的な性格ではありません。むしろ、楽観的な性格でした。真面目な一面はありますが、それは、自分の意志を持ち続ける強さがそう表れているのであって、融通が利かないという訳ではないのです。ですから、このような当初の計画を大きく外れた突発的な事態に対しても、それが起きたこと自体を深く嘆いたり悔いたりはしていませんでした。問題が起きたことは残念だけれど仕方がないことで、乗り越えさえすればそれでいいと、頭を切り替えていたのでした。
 それに、羽磋は、ヤルダンを抜け、吐露村に行き、阿部に会わなければならないのでした。彼が旅に出た大きな目的は、月の巫女の秘儀に関わる情報を集め、自分の大切な輝夜姫が月に還れるようにすることでした。阿部に会うことは、そのための第一歩なのでした。ですから、この地中の大空間からはもう出られないんだと、自分であきらめてしまうようなことは絶対にできないのでした。
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