夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

雷雨を凌ぐ②

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 今は店長が1人で切り盛りしているらしい。カウンターに座り、店内を見回した泰生に気づき、店長は笑顔で言う。

「夏って感じやなぁ……今日は5時に文哉が来るまで俺だけやねんけど、こんな天気やし楽勝や」
「そうなんですね」

 この店には窓が無く、表の出入りが無ければ、雨の音も雷の音もほとんど聴こえないようだ。静かに流れるジャズに、泰生はほっとした。

「管弦楽団に入りはるんか?」

 アイスコーヒーを出しながら、店長は泰生に訊いた。思わず、えっ、と声が出てしまう。

「あ、いや……迷い中です」

 元吹奏楽部員で、コントラバスを弾いていたことも、きっと岡本から伝わっているに違いなかった。

「もう3回生の夏じゃないですか、あんまり活動も出来ひんし」

 戸山に答えたのと同じことを、店長に言う。しかし戸山にそう話した時と今では、微妙に自分の気持ちが変化している自覚があった。オーケストラでコントラバスを弾くのは、きっと魅力的だ。
 しかし、どうも旭陽を始めとする吹奏楽部の面々に対し、気が引ける。積極的に伝えなくても、何処からか誰かの耳に入るに違いない。
 泰生は店内に誰もいないのをいいことに、正直に店長にそう話してみた。そうしてみたくなるような、不思議な包容力を漂わせる店長は、ふんふんと頷く。

「もしかしたら前のお仲間は、多少気ぃ悪いかもなぁ……でも通勤の都合もありはるんやろ?」
「はい、伏見キャンパスで同じ時間練習しても、帰るのはかなり楽です」
「音楽なんて無理してやるもんちゃうで、文哉もここのバイト減らすの演奏会の直前だけや、のんびりチェロ弾いてるわ」

 店長の声を聞きながら、アイスコーヒーをストローで吸うと、やはり今日も美味だった。少しガムシロップを減らしてみたが、全然いける。

「……コーヒー美味しいですねぇ」

 泰生の言葉に、店長はにかっと笑う。

「涼しなったらホットも飲んでや」
「はい、是非」

 店長は泰生がコーヒーを飲むのを見ながら、今度は違う種類の笑顔になった。

「長谷川くんは真面目なんかな、たまにはいろいろ考える前に動くのも悪うないで」

 そうなんかな、と思う。この間この店に入ったのは、行き当たりばったりだった。ああでも、確かに悪くなかったかもしれない。
 泰生は確認しておきたくなり、店長に訊く。

「あの、寺田屋ってここからそんなにかかりませんよね?」

 店長はああ、と目を見開いたが、直ぐに微苦笑した。

「でも今日休みかもしれへん、寺田屋さん月曜不定休やねん」

 これは調査不足だった。泰生は自分の迂闊さにがっかりした。

「あ、ありがとうございます、そうですか……」
「クラブ無い日に文哉に連れてってもらい、あいつあの辺に住んでるし」

 なるほど。しかしあまり岡本にこちらからアクションすると、管弦楽団に引きずり込まれてしまうので、微妙なところだ。
 今日は観光は諦めることにした。雷雨が通り過ぎるまで、この店で過ごして帰ろうと考える。岡本が来るまでには、止んでくれるだろう。
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