夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

松脂ぱちぱち①

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『今日4限目俺につき合わん?』

 昼休み。岡本から来たそんなRHINEに、泰生が警戒しなかったと言えば嘘になる。

『何すんの?』
『音練場に招待する♡』

 岡本は、先週泰生に戸山を引き合わせた時みたいに回りくどい書き方をしなかった。ストレートに用件を言われても、困ることには変わりなかったのだが。
 弁当を食べていた箸を止めて、泰生は返答にやや悩む。

『音練場には用事無いけど』
『冷たい言い方(涙)。週末のコンサート面白かったって言うてたし、そろそろ楽器弾きたいかなと思って。。。』

 余計なお世話、と咄嗟に入力しかけたが、指を止めた。
 吹奏楽や演奏すること自体を、特別好きだったとは思わない。とはいえ、大学生になり吹奏楽部に入部して以来、長期休暇や試験中以外は最低週3日、楽器に触り続けてきた泰生である。
 だからかどうかわからないが、岡本の言葉に、何故か気持ちがゆらゆら揺れた。戸山は先週、コントラバスが余っていると話した。練習場で眠っている楽器を、弾かせてくれるというのだろうか。



 良い言い訳も思いつかず、誘惑に抗えなかった形で、泰生は3限が終わると学生会館に足を向けてしまった。先週も待ち合わせた入り口のガラス扉の前に、泰生に道を踏み外させようとする男が立っている。
 もちろん泰生は、管弦楽団に入部するなどとはひと言も口にしていない。部外者が音楽練習場に入るのは基本的に良くないだろうに、岡本はあっけらかんと、顔の前に「音楽練習場(大)」というキーホルダーのついた鍵をぶら下げてみせた。

「俺5時からバイトやし、ほんまに4限の1時間半だけな」

 部活は昨日からテスト休みに入っているらしく、勉学に支障が無い範囲での自主練習が認められているという。授業中の90分だけ練習場を使うという辺り、岡本も部外者を入れるところを、他の部員に見せたくないに違いなかった。
 目線の少し高い位置にある岡本の後頭部に向かって、泰生は言った。

「別に楽器弾きたくて来たんちゃうで、どんなとこで練習してるんか興味あるだけやし」

 チェリストは肩越しに振り返る。

「うん、別にそれでも構わへん」

 練習場は1階の角を曲がった先にある。岡本は鍵を開け、重そうな扉を開いた。下京キャンパスの音楽練習場もそうだが、二重の防音扉になっていて、下駄箱の奥にもうひとつ扉がある。
 泰生は岡本に倣って、靴を脱ぎ靴下のまま中に入った。広々として窓の無い、一瞬聴覚を奪われたかと錯覚する空間。

「ふうん、下京で吹部が使うてる練習場よりちょっと広いな」

 泰生が言うと、そうらしいな、と岡本は応じた。

「でもあっちのほうが新しいし、ええこともありそうやけど」

 岡本は練習場の右奥に向かい、もう1本の鍵で引き戸を開けた。楽器庫である。こまこまと大小の弦楽器のケースが並んでいた。

「狭いやろ? 管楽器は外に出て隣の小部屋に置いてんねん、夏は湿度がやばいからクラリネットとオーボエはこっちに引っ越して来るんや」

 岡本が指差した楽器庫の隅に、四角いケースが遠慮がちに幾つか並んでいた。
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