夏の扉が開かない

穂祥 舞

文字の大きさ
24 / 58
2 7月中旬

岬の人①

しおりを挟む
 今日は世間は祝日だが、大学は休みではない。月曜の祝日にいつも休講すると、全期の授業数が消化できないからだ。休講にしてしまう教員もいるし、講義があっても欠席する学生もいるのだが、基本的に真面目な泰生は開講する授業のために登校した。
 2限目だけ授業を受け、食堂の隅で日替わりランチを食べながら、泰生は昨日のドーナツショップでの岡本との会話を思い出していた。岡本は和歌山県民で、大学生になって京都に出てきたと教えてくれた。和歌山市の人は大阪の南部の大学なら、頑張って通学することも多いらしいが、京都はさすがに無理だ。何故京都の大学でないと駄目なのかと家族に反対された。

「しかも日本の現代文学なんか、文学部がある大学やったらどこでも勉強できるしな……つっか、大阪の南が嫌やったんやって」

 岡本の言葉は何となく、泰生にも理解できた。泰生も大阪府民なのだから、大阪の大学を受験すればよかったのだが、兄が京都だったこともあり、やはり京都の大学がいいと思った。

「俺は長谷川のお兄さんとこが、第一志望やったんやけど」

 そう話すので、泰生は言ってやった。

「今出川は御所に来る観光客でなかなか大変みたいやで、兄貴ももう近寄らへん」

 泰生も兄の大学への憧れはあったが、はなから偏差値が足りず、合格目指して必死に勉強時間を増やす気も無かった。高3の模試でA判定を確実に取ることができていた泰生の大学は、兄の大学よりランクは少々下だが、歴史もあり泰生の専攻の学科に良い先生がたくさんいる。それに今は通学も便利なので、不満は無い。
 岡本と話すうち、彼は自分なんかより志も、もしかしたら様々な能力も高いのだろうと思った。やはり岡本は、下京キャンパスに通っていた2年間、伏見キャンパスに部活動のためだけに移動することを、さして苦にしていなかったようだ。それを確認して、泰生は軽い自己嫌悪に陥った。
 泰生は、岡本の実家がどんなところなのかが気になり、調べようと考えていたことを思い出す。岡本の故郷は、和歌山県と大阪府との境目にある港町、加太かだだ。初めて聞く名に、かだ? とおうむ返ししてしまった。
 何もあらへんで、と岡本は笑っていたが、ネットで上がってくる海の写真はどれも美しかった。大きな岬の向こうに島があり、その先は淡路島だ。もうひとつの岬との間に海水浴場が広がっていて、面白そうな史跡もたくさんある。

「何か、ええとこやん……」

 泰生の両親はどちらも北摂出身なので、泰生はお盆や正月に「田舎に行く」という行為を経験したことが無い。それに泳ぎに行くのはいつも琵琶湖だったこともあり、灯台のある岬や、その先に広がる濃い色の海には、無条件の憧憬を覚えた。
 スマートフォンの画面に釘づけになっていた泰生の前に、ラーメンのどんぶりが載った盆が置かれた。泰生が驚いて顔を上げると、そこにいたのはくりっとした目を笑いの形にした、管弦楽団の2回生だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...