夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

岬の人②

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「こんにちは長谷川さん、小林です」
「あっ……コントラバスパートの」

 小林は椅子を引き、軽い身のこなしで座った。

「テスト終わってから、入部届書かはるんですか?」

 当然のように言われて、ひえっ、と泰生は叫びそうになった。

「……いや、体験入部っていうほどのもんじゃなくて……」
「最初からその気で来てはったってことなんですよね?」

 違う。小林は完全に取り違えていて、パートに新しい先輩ができるという期待感を孕んだ目で泰生を見ていた。

「岡本から聞いてると思うんやけど、俺最近まで吹部におって」
「はい、授業終わってから下京キャンパスまで行くのしんどいですよね……でも吹部より管弦楽団のほうがコントラバス活躍できますよ、ポップスでベース弾く機会はちょっと減ると思いますけど」

 小林は泰生の思う場所に会話を運ばせてくれない。彼は泰生が握るスマートフォンの画面に映る、青い海に気づいた。

「あっ、どっか海行きはるんですか? 管弦楽団の夏合宿は8月の26日からで、そのちょっと前まで夏休みなんで、楽しんできてください」

 小林の声を聞いていると、入部する気は無いと今全否定する気力が失せて来た。そう、別に今ここで、彼の前で拒否する必要も無い。

「えっと、合宿ってどこ行くん?」

 泰生が社交辞令で尋ねると、小林はラーメンを啜ってから、答えた。

「ハチ高原です、兵庫の養父市、ですかね?」
「あ、吹部と一緒や……山か」
「今、残念がりましたよね? 僕も海がいいって言うたんですけど、楽器に悪いからあかんらしいです……そんで、どこの海調べてはりました?」

 小林の押しが強いので、泰生はつい、岡本の故郷を調べていたことを話した。小林は、岡本が加太出身だと知っているようだった。

「僕の父方の田舎もええとこですよ、おススメ」

 すっかり小林の調子に乗せられている泰生は、彼の田舎とやらも検索してみる。ごつごつした岩が覗く、少しエメラルドがかった海は、加太と全く表情が違った。

「三重なんや、志摩市阿児あご安乗あのり……ここも何か初めて聞く土地やわ」
「牡蠣とかサザエ美味いですよ、海女さんが今も潜ってるとこです」
「へぇ……」

 岬の灯台が四角いのが特徴だという。中に入ることもできるらしく、これもなかなか興味深い。

「海水浴場ある?」
「あります、砂浜自慢の阿児の松原が、彼女と行くならお薦めです」

 泰生は小林の顔を思わず見た。

「彼女ちゃうねん、家族」

 小林は、ほう、と丸い目をさらに丸くする。

「家族でも楽しいと思います、加太と迷ってはるんですか? うーん、加太のほうが行きやすいかなぁ」

 悔しそうな小林が可笑しい。管弦楽団入ったら、こいつパートの後輩になるんか、と少し思うなどしてしまった。
 そんな訳で泰生は、岬の近くから出た海の民たちに、2日間勝手に振り回されたのだった。
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