夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

窓越しの憂鬱①

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 いよいよ大学の期末試験が始まった。これから8日間、時間割はテスト用の特別なものとなり、開始時間や教室を間違えるとゲームオーバーである。とはいえ、1、2回生の時に比べると専門科目が増えて、塚﨑ゼミのようにレポートの提出だけを要求されたり、一部の教科で最終授業日にテストを済ませたりしたため、そんなに悲壮感は無かった。
 同じ3回生の岡本も、まっとうに単位を取っているならば、この期間中はちょこっとバイトに行ったり楽器を弾いたりする余裕があるかもしれない。そう思うと、連絡を取ってみようかという気持ちになるが、試験期間中は控えておこうと思い直した。
 朝から2つの語学の試験を終えた泰生は、とっとと帰途に着いた。大阪方面行きの電車のホームに降りると、ちょうど京都へ向かう電車が滑りこんできた。と思うと、大阪行きの電車もやってきて、普段静かなこの駅が、重なるアナウンスと、2台の電車のブレーキ音やドアの開閉音でちょっと賑やかになる。
 泰生はよく冷えた車内の、横座りのシートに落ち着いた。そして窓越しに、向かいのホームに着いた電車から降りて来て、これから大学に行くべくとぼとぼと歩く学生たちをぼんやり眺めた。
 後ろの車両から降りたのだろう、小柄な女子学生が1人遅れて階段に向かう。戸山百花に見えた。今日は就活スーツでなく、白いTシャツにブルーのジーンズというくだけた恰好だ。泰生の乗る電車が発車し、戸山の姿が窓の外ですうっと流れていく。リュックを背負った彼女が階段を昇りかけるところまで、追うことができた。
 ふと、自分と同じ立場である彼女にいろいろ話してしまえたら、と泰生は思う。3回生になって伏見キャンパスに移り、吹奏楽部を退部した戸山は、2年間一緒に練習してきた同期の部員たちから、慰留はもちろんされたに違いなかった。でも考えを翻さなかった一番大きな理由は、何だったのだろう。
 もし井上旭陽とぎくしゃくしていなかったら、もう少し下京キャンパスまで行って、吹奏楽部で頑張れたかもしれないと、今になって泰生はたまに思う。4回生になれば就職活動が始まり、どっちにしろクラブどころではなくなるのだから。
 実は旭陽と気まずくなってしもて、吹部辞めることにしたって側面も、あります。
 もし戸山に、あるいは岡本にでもそう言えたならば、なぜだかよくわからないが、吹奏楽部に所属していた自分をリセットできそうな気がする。
 管弦楽団の楽器庫にあったいい音が鳴るコントラバスは、たぶん泰生と相性が良い。あれをもっと弾いてみたいという思いは、寝かせているパン生地のように、泰生の中でちょっとずつ膨らんでいた。管弦楽はあまり知らないが、チェロと一緒に低音をばりばり弾く曲にチャレンジしてみたいし、4回生の三村が卒業するまであと半年と少しであっても、4人もいて賑やかかもしれないコントラバスパートを経験してみたい。
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