夏の扉が開かない

穂祥 舞

文字の大きさ
45 / 58
3 7月下旬

深夜二時のメッセージ②

しおりを挟む
 泰生はどきどきしながら、2つのメッセージを続けて送った。するとすぐに既読がついたが、旭陽は沈黙する。泰生は2時を過ぎたスマートフォンの時計を見て、ふと友樹の寝ているほうに光が向いてはいけないと思い、ベッドの上で身体の向きを変えた。
 何分か過ぎると、新しい吹き出しが、旭陽のメッセージを載せて次々と現れた。

『こんな時間にほんとにごめん。まさか起きてると思ってなくて、めちゃくちゃびっくりした(笑)』
『実はあの時、長谷川も俺と同じ気持ちでいてくれてると勝手に思い込んでて(ごめん)、その分ショックで、友達としてなら交際できるって何やねんって腹立ったし、もしかしたら言いふらされて周りにゲイバレするかもしれんと思って、怖くなった』
『長谷川が言いふらしたりするわけないのにな。そんで、長谷川の退部願を4回生が受け取ったって聞いて、もうどうしたらいいかわからんくなった』
『友達でいいからって言おうとしたけど、もう遅すぎた。こんなしょうもない俺を許してくれとは言わん。自己満足や。でも、ほんまにごめん』

 堰を切ったような旭陽の告白は、泰生の胸を抉った。やっぱり俺が、井上の手を振り払ってしもた。俺がもう少し、冷静にあいつの話を聞いてたら。
 泰生の視界が、軽い絶望でじわりと滲んだ。もう遅過ぎるのかもしれない。でもこうして、正直な思いと謝罪をぶつけてくる旭陽に、謝ることだけはしておきたかった。泰生は迷いながら、指を動かす。

『ありがとう。俺のほうこそごめん。引きとめられた日に、もっとちゃんと話をするべきでした。俺は今でも井上と友達でいたいと思ってる。でも、それは井上を苦しめることかとも思います。だから、どうしたら一番いいのかよくわかりません』

 泰生はひとつ深呼吸してから、舞台の上で最初の音を出すとき以上の緊張感をもって、送信ボタンを押した。
 泰生が送った大きな吹き出しの下に、既読の文字がすぐに現れた。3分ほど経って、ぴょこんと新しいメッセージがやってきた。

『ありがとう。何か嬉しくて涙止まらんし、言葉にならへんからまた明日でいいやろか』

 泰生はすぐに、OKの文字を掲げるうさぎのスタンプを送った。すると今度はすぐに、吹き出しが現れる。

『長谷川いっつも気遣いのひとで優しいから好き。ごめん。おやすみ』

 よく考えると、こんな時間にメッセージを送りつけてきて、自分からおやすみはないだろうという感じなのだが、今の泰生には許すことができた。おやすみ、と返すと、身体から力が抜けた。
 スマートフォンをコンセントに繋ぎ直した泰生は、ベッドの上に大の字になり、ひと息ついて目を閉じた。右の目尻から温かい水がこぼれて、頬を伝った。
 旭陽の取った冷たい態度が、吹奏楽部を辞める決心につながったことは、今後誰にも言わない。吹奏楽部に所属することと、旭陽と友達でいることとは、別の話だから。今やっと、そう言うことができる自分を見出した泰生だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...