夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

ヘッドフォンと早とちり①

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 泰生は岡本と一緒に、JR大阪駅にほぼ直結しているショッピングビルに向かった。人の多さと暑さに頭をくらくらさせながら、すっと涼しい建物の中に入る。すると、何処となく周辺の店舗に高級感があって、岡本と一緒に怯んだ。

「ここ俺初めてなんやけど、合ってんの?」
「ここの5階のはず……やねん、しかしこの入りにくさ何なん」

 緊張しながら広々とした楽器店に辿りつくと、店員が歓迎してくれた。弦楽器コーナーには、フェア中ということもあって割に客もいた。ようやく落ち着いた2人は、予約していた松脂のお試しと楽器の試奏を開始した。
 岡本は普段使っているものよりも上等な楽器を試して、上機嫌だった。泰生は近所の店には置いていなかった松脂も見せてもらい、試すためにこれから使うのと同じコントラバスを貸してもらったが、楽器が現在40万するブランドだとわかり、心臓がきゅっとなった。
 店員たちはあまり商売っ気が無いのか、泰生たちが学生だからか、楽器の購入を積極的には勧めて来ない。しかし岡本は試奏したうちの1台がとても気に入った様子で、カタログをしっかり受け取り、泰生は三村が使っているアメリカの松脂を買うつもりが、初めて見るドイツの製品に気持ちが傾いてしまった。

「こればかりは個人の弾き心地ですからね、上手い人と同じ松脂を使ってもその人と同じ音は出ませんし……でも今聴いた感じでは、この楽器とお客様のボーイングにはこれが一番合ってたように思います」

 そう店員に言われて、泰生はそのドイツの松脂を購入した。岡本はカタログをぱらぱらとめくり、気が動転した発言を繰り出した。

「マイ楽器買って、社会人なったら先生について習おかなぁ」

 その時、管楽器コーナーに、戸山と三村に似たカップルが入って行くのがちらっと見えた。カタログに夢中の岡本は気づいていない。泰生は松脂の入った小袋を鞄に入れながら、さりげなくそちらに足を向けたが、クラリネットのショーケースの前に居たのは、高校生っぽい女の子とその母親らしき2人だけだった。
 見間違いかと思っていると、岡本が同じフロアにあるCDショップに行こうと誘ってきた。今年12月の定期演奏会で演奏する曲はほぼ全曲決まっているが、来年の定期演奏会のプログラムは、クラブの幹事になる4回生の泰生たちに最終決定権がある。だから、特にメインの演奏曲を今から探しておかなくてはいけないのだ。
 ちなみに今年は、今月の頭にホールで聴いたベートーヴェンの交響曲第5番、「運命」がメインだった。知名度もさることながら、音楽の尺的にも無理が無く、聴きに来てもらいやすいのだそうだ。
 管弦楽団で演奏するような曲を全然知らない泰生は、視聴コーナーで「運命」の各楽章のさわりを確認した。備え付けのヘッドフォンは随分いい音で、やはりコントラバスが聴覚にずっしり響いてくる。

「俺は『第九』がしたいんやけど、2年連続ベートーヴェンは無いわなぁ」

 岡本はそう言って、最近発売されたばかりの「第九」のCDが視聴できるとわかり、ヘッドフォンを手にした。そして店の入口を見て、動きを止めた。
 泰生は岡本の視線の先を見て、あっ、と声を洩らした。戸山と三村が、木曜日と同じように、楽し気に語らいながら店に入って来たのだ。

「ちょ、こっち来るし」
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