夏の扉が開かない

穂祥 舞

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エピローグ

開け、夏の扉①

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 家族全員揃って夕飯を終えた後、泰生は気もそぞろに、手の中のスマートフォンの待ち受け画面を点けたり消したりしていた。明後日の吹奏楽部のサマーコンサートに、自分と同じ元吹奏楽部員で、今は管弦楽団のクラリネッティストである戸山百花を誘うかどうか、まだ迷っている。
 よくよく考えると、4回生は最後のサマコンなので、同期の誰かが彼女を誘っている可能性がある。逆に誰も彼女に声をかけていなかったとしたら、自分は同期の井上旭陽から誘われたと話すことさえ、ちょっと気まずいように思う。
 いや、ごちゃごちゃ考えていても埒があかない。泰生は伏見のお宮さんの近くの教会の、石田牧師の柔和な笑顔を思い出した。招待してもらったばかりの、管弦楽団全員のグループRHINEのメンバーの中から、「MOMOKA TOYAMA」というアカウントを見つけだす。
 泰生はちょっとどきどきしながらメッセージを打ち込んだ。

『こんばんは、長谷川です。先日はどうもありがとうございました。日曜日、吹部のサマコンがいつものホールであるようなんですが、お暇でしたら一緒に行きませんか?』

 誤字脱字だけ確認して、すぐに送信した。すごいことをしてしまったような気がして深呼吸していると、部屋からレポート用紙と筆記具を持ってきた兄の友樹に、変な目で見られた。
 想定外に戸山からの返事が早かったので、うおっ、と泰生はのけ反った。

『こんばんは、連絡ありがとう。実は同期から、最後やし観に来てと言われてるんやけど、めちゃ迷ってたとこでした』

 泰生はやっぱり、と思った。旭陽もそうだが、退部した人間が行きづらいと想像しないのだろうか。まあいいのだが。

『僕は井上から誘われました。辞めたのにどうかと思ったのですが、ちょっと行きたいなと』
『じゃあ一緒にこっそり行きましょう。ホールの前だと目立つので、東寺の駅でなるべくぎりぎりに集合しよか笑』

 戸山は東山に住んでいるので、駅の改札で待ち合わせる。段取りは速やかに整った。管弦楽団に移った元部員たちが、人目を忍んで行くというシチュエーションが、何となく面白かった。
 これってデートやろか、などと泰生が密かに思いを巡らしている横で、兄の友樹は何やら手書きのリストを作っていた。泰生が彼の手許を覗き込むと、それは3日後の旅行に持って行く物のリストだった。

「気合い入り過ぎちゃうん」

 驚いた泰生は、思わず突っ込んだ。すると友樹は、大真面目な顔で言う。

「2泊3日で2日目海水浴やろ、ちゃんとチェックリスト作っとかな、あれが無いこれ忘れたとか、マジで嫌やもん」

 ごもっともなのだが、ちょっと大げさな気がする。しかし友樹の行動は、小さい頃の失敗に基づいていた。

「おまえ忘れたん? 俺が中1でおまえが小4の夏に琵琶湖に泳ぎに行った時、民宿に帰ってきてお風呂に入る時、おかんが俺らの替えのパンツを持ってきてへんってわかって……」
「あ、そういうたらそんなことあったな」
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