夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

「またね」は再会の期待を孕み②

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 泰生は言葉を濁した。皆の演奏は聴きたいが、退部した自分が、本来なら出演するはずだったコンサートをのんびり鑑賞しに行ってもいいものなのか。サマーコンサートは主にホールの近所の人たちと、現役部員の家族が楽しみに来るが、OBもやってくる。彼らに遭遇したらどう挨拶すればいいかわからないし、むしろ姿を見られたくない気がする。
 正直にそう言うと、旭陽の声が明らかに沈んだ。

「うーん、そう言うかなとは思ったんやけど、文学部の人は仕方ないんやし……」

 そして、さもいいことを思いついたような声音になった。

「戸山さんと一緒に、堂々と来たらええやん」

 戸山百花の名がいきなり出て、泰生は軽い動揺を隠すのにやや苦労した。

「あ、井上は戸山さんが管弦楽団にいるの知ってたんや」
「長谷川は知らんかったんか」
「うん、びっくりしたわ……でも、オケに変わってからめっちゃ練習しはったらしくて、就活忙しいのにクラブは楽しいみたいやで」

 泰生が言うと、意外なことに、よかった、と旭陽は応じた。

「だって戸山さん前から吹けたのに、結構不遇ちゃうかった? 2回の時、吹けへん上級生にソロ全部取られてはったやろ」

 言われてみればそうで、それが戸山に吹奏楽部を去る決心をさせたのかもしれない。吹奏楽部では下級生に技術があっても、上級生が優先的にソロを任された。泰生たちの同期にも、そのことに不満を持つ者がいたし、せめてコンクールでは吹ける人にやらせたらいいのにと、泰生も思っていた。

「たまたまやと思うけど、キャンパス変わった文学部の不遇な部員が、管弦楽団に流れるパターンが続いてんのかな」

 旭陽が泰生を「不遇な部員」と見なしているのは少し違う気もするが、あと1年半の音楽生活を、吹奏楽部でなく管弦楽団で送ることにしてよかったと、泰生は思っている。口にするのは控えたけれど。
 自分の気持ちに余裕ができたからか、OBの目は気になるが、吹奏楽部の演奏は聴きたいと心から思えた。

「……ほなちょっと、戸山さん誘ってみよか」

 果たして戸山は、古巣の演奏会を観たいだろうか。自信は無いが、彼女に声をかける理由ができたことが、何となく泰生の気持ちを浮き立たせた。
 旭陽は、嬉しそうな声になる。

「そうしてや、長谷川が来てくれること、あんまりいろんな人に言わんとくから気楽に来て」

 電話の向こうの彼が本当に嬉しそうなので、泰生もまあいいか、と思った。旭陽とこうして普通に話せることが、素直に嬉しい。決して以前通りではないとは感じるけれど、それは後ろ向きな意味ではない。

「あ、電車来た……ほなまたね、土曜日待ってるわ」

 旭陽は今しがたまで練習していたのだ。泰生はエールを送る。

「頑張って、楽しみにしてるわ……ほなまた」

 土曜日の午後は、旭陽とコントラバスパートの2人にだけ差し入れを買って、出かけよう。電話を切った後も、胸の中がぽかぽかする。
 そういえば昨日、岡本も「またな」と言って泰生を見送ってくれた。
 新しい友人と、旧い友人と。どちらも再会の約束をこめて、またね、と言ってくれる。それに同じように、またね、と返せることの幸福。
 泰生はスマートフォンを持ったまま、リビングに戻った。両親は息子が穏やかに微笑しているのを見て、電話の相手が誰だったのか聞き出したい様子だった。
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