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6 逡巡
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翌日、課長への報告以外には特に神経を使う仕事が無かったので、晴也はややぼんやりしたまま定時まで過ごした。課長は自分の居ない時に晶が訪れたことを残念がったが、彼の会社の交渉が順調であることを聞いて、上機嫌になった。晶が持参した菓子は営業課と総務課で味見されて、晴也が感想を取り纏めることになっている。
夜、めぎつねのドアを押すと、晴也の姿を見たママと美智生が、あっ、と同時に声を上げた。まだ男の姿のママが駆け寄ってくる。
「ハルちゃん、大丈夫だったのか⁉」
晴也は戸惑いつつ、はい、と笑顔を作る。昨夜晴也が山形に襲われたことを言っているのは、すぐにわかった。
「今朝警察から連絡があったんだよ、そちらのホステスさんが暴行されかかって、襲ったのは客だって」
警察がそう話したということは、山形があの後、警察官にありのままを伝えたということなのだろうか。
「すみません、来てから報告するつもりでいたんですけど……山形さんです、怪我をした訳でもないから被害届も出しません、お騒がせしました」
晴也は頭を下げた。2人は心配そうな視線を晴也に注ぐ。美智生が深刻な表情で言う。
「ショウから連絡を貰った、ハルちゃんが出勤したら様子を見ておいてやって欲しいって……あいつに助けてもらったのか?」
「あ、そうです……間違いで電話がかかっていて、音が全部ショウさんに聞こえたらしくて」
ママと美智生は、これも同時に長い溜め息をついた。
「山形さんは今後一切出入り禁止だ、全員に共有するから……ハルちゃんは今日出なくてもいいぞ、気持ち的にきついだろう」
ママに言われ、晴也は戸惑う。あれは昨日で片づいたことだ。山形が来ないならめぎつねでの勤務に支障は無いし、帰宅して家に一人でいるほうが、不安が募りそうな気がする。
「いえ、仕事は大丈夫です」
「ハルちゃんがいいなら、出てくれた方が嬉しいけど……」
ママの言葉に頷き、晴也は美智生とバックヤードへの暖簾をくぐった。美智生は案の定、昨夜急いで先に店を出たことを詫びた。
「ただでさえ昨夜は遅くなったんだ、一緒にタクシー使えば良かった」
「いや、ミチルさんたぶん俺と方向違うから……」
晴也は膝丈のフレアスカートが皺にならないよう、紙袋から一番に出してハンガーに掛けた。
「で? ショウが来てどうなったんだ」
「山形さんかなり酔ってたから、ショウさんが俺と引き離したら道に転がっちゃったんです……それで駅前の交番に連れて行きました、その後どうなったのかは知りません」
二人してネクタイを緩めながら話す。
「被害届出さなくていいのか?」
朝からずっと考えているが、晴也はやはりこれ以上、山形を追い詰めることはしたくなかった。
「山形さん、きっといろいろあるんです……仕事も家族もどうでもいいなんて言ってました」
「どんな同情すべき背景があったとしても、人に暴力を振るっていい理由にはならない」
シャツ一枚の姿になった美智生は、はっきりと言った。
「ハルちゃんは優し過ぎる、ショウも心配してるんだ、ハルちゃんの優しさにつけ込む奴がきっといるって」
自分は違うのかと、晴也は晶に突っ込みたくなったが、昨夜のことを思うと申し訳なさが先に立ってしまう。
ママがバックヤードに入ってきた。ナツミが就職セミナーの帰りに、電車の事故で足止めを食ってしまい、30分遅刻するという。
「ハルちゃんに居てもらわないといけないな、ナツミが来たら上がっていいから」
「大丈夫です、最後までいます」
「無理するな、きつくなったらすぐ言えよ」
正直なところ、寝不足である。昨夜の時間の流れがどうも把握しきれていないのだが、晶の部屋で少しうつらうつらしてしまい、彼の軽自動車で自分のマンションに送り届けて貰ったのが、3時を過ぎていたと思う。
シャワーを浴びてベッドに入り、今朝はギリギリまで寝ていた。昼休みも、デスクで20分ほど突っ伏してしまい、早川に心配された。
「ショウに送って貰ったの?」
美智生は鏡の前で化粧品を広げ、晴也は座ってストッキングに足を入れる。
「……怖くて震えが止まらなくて、ショウさん家にタクシーで行って、紅茶飲んで落ち着いてから家まで送って貰いました」
鏡越しの美智生の顔に、興味の色が浮かぶ。
「……何もされなかったか?」
「ショウさんは少なくとも外道ではなかったです」
夜、めぎつねのドアを押すと、晴也の姿を見たママと美智生が、あっ、と同時に声を上げた。まだ男の姿のママが駆け寄ってくる。
「ハルちゃん、大丈夫だったのか⁉」
晴也は戸惑いつつ、はい、と笑顔を作る。昨夜晴也が山形に襲われたことを言っているのは、すぐにわかった。
「今朝警察から連絡があったんだよ、そちらのホステスさんが暴行されかかって、襲ったのは客だって」
警察がそう話したということは、山形があの後、警察官にありのままを伝えたということなのだろうか。
「すみません、来てから報告するつもりでいたんですけど……山形さんです、怪我をした訳でもないから被害届も出しません、お騒がせしました」
晴也は頭を下げた。2人は心配そうな視線を晴也に注ぐ。美智生が深刻な表情で言う。
「ショウから連絡を貰った、ハルちゃんが出勤したら様子を見ておいてやって欲しいって……あいつに助けてもらったのか?」
「あ、そうです……間違いで電話がかかっていて、音が全部ショウさんに聞こえたらしくて」
ママと美智生は、これも同時に長い溜め息をついた。
「山形さんは今後一切出入り禁止だ、全員に共有するから……ハルちゃんは今日出なくてもいいぞ、気持ち的にきついだろう」
ママに言われ、晴也は戸惑う。あれは昨日で片づいたことだ。山形が来ないならめぎつねでの勤務に支障は無いし、帰宅して家に一人でいるほうが、不安が募りそうな気がする。
「いえ、仕事は大丈夫です」
「ハルちゃんがいいなら、出てくれた方が嬉しいけど……」
ママの言葉に頷き、晴也は美智生とバックヤードへの暖簾をくぐった。美智生は案の定、昨夜急いで先に店を出たことを詫びた。
「ただでさえ昨夜は遅くなったんだ、一緒にタクシー使えば良かった」
「いや、ミチルさんたぶん俺と方向違うから……」
晴也は膝丈のフレアスカートが皺にならないよう、紙袋から一番に出してハンガーに掛けた。
「で? ショウが来てどうなったんだ」
「山形さんかなり酔ってたから、ショウさんが俺と引き離したら道に転がっちゃったんです……それで駅前の交番に連れて行きました、その後どうなったのかは知りません」
二人してネクタイを緩めながら話す。
「被害届出さなくていいのか?」
朝からずっと考えているが、晴也はやはりこれ以上、山形を追い詰めることはしたくなかった。
「山形さん、きっといろいろあるんです……仕事も家族もどうでもいいなんて言ってました」
「どんな同情すべき背景があったとしても、人に暴力を振るっていい理由にはならない」
シャツ一枚の姿になった美智生は、はっきりと言った。
「ハルちゃんは優し過ぎる、ショウも心配してるんだ、ハルちゃんの優しさにつけ込む奴がきっといるって」
自分は違うのかと、晴也は晶に突っ込みたくなったが、昨夜のことを思うと申し訳なさが先に立ってしまう。
ママがバックヤードに入ってきた。ナツミが就職セミナーの帰りに、電車の事故で足止めを食ってしまい、30分遅刻するという。
「ハルちゃんに居てもらわないといけないな、ナツミが来たら上がっていいから」
「大丈夫です、最後までいます」
「無理するな、きつくなったらすぐ言えよ」
正直なところ、寝不足である。昨夜の時間の流れがどうも把握しきれていないのだが、晶の部屋で少しうつらうつらしてしまい、彼の軽自動車で自分のマンションに送り届けて貰ったのが、3時を過ぎていたと思う。
シャワーを浴びてベッドに入り、今朝はギリギリまで寝ていた。昼休みも、デスクで20分ほど突っ伏してしまい、早川に心配された。
「ショウに送って貰ったの?」
美智生は鏡の前で化粧品を広げ、晴也は座ってストッキングに足を入れる。
「……怖くて震えが止まらなくて、ショウさん家にタクシーで行って、紅茶飲んで落ち着いてから家まで送って貰いました」
鏡越しの美智生の顔に、興味の色が浮かぶ。
「……何もされなかったか?」
「ショウさんは少なくとも外道ではなかったです」
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