夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
46 / 229
7 萌芽

8

しおりを挟む
 よく考えたら、晶と食事をするのは初めてだった。彼は木のスプーンで雑炊をすくい、2度吹いて冷まして口に入れる。その様子が見ていて飽きない。イケメンは何をしていても絵になると思う。

「あー、人に作って貰ったものって美味しい」

 晶の言葉に晴也は共感した。一人で暮らし始めた頃、何を作っても今ひとつ美味しくなくて、何も食べたくなくなった。実家の母や姉のご飯が恋しくなったものである。
 買ってきたトマトを冷蔵庫にあった大きなアボカドと一緒にスライスした。雑炊に若干合わなかったが、どちらも何もつけなくても美味しい。晶はトマトを口に運び、甘い、と言って笑う。

「ハルさんはどうして女の恰好をしようと思ったの?」

 訊かれて晴也は箸を止める。

「……高2の時に文化祭でメイド喫茶をやったんだ、うちのクラスが」

 クラスの生徒たちのヒエラルキーの最上位グループに晴也は属していたが、おまけでしかなかった。しかしそのグループに居場所を固定しておきたくて、晴也は仲間に嫌われないよう心を砕いた。
 メイド喫茶のウェイトレスも仲間に押しつけられたのだったが、嫌だと言うと雰囲気が悪くなりそうで、女装を了承した。

「3つ上の姉貴はもう大学生で化粧も始めてたから、姉貴に教えてもらって、ペラペラのダサいメイド服もアレンジして……どうせやるなら綺麗なメイドになりたかった」

 晶は興味深げに耳を傾けている。

「そしたら俺のクラスの喫茶店が大繁盛してさ、同じようなことしてる他所のクラスもあったけど、俺は文化祭の3日間で全校ナンバーワンメイドになった」

 晶に話す気は無かったが、晴也の女装姿が一目置かれるようになったことを、グループのリーダーにやっかまれたのだった。おまえパシりのくせに俺より目立って、何調子ぶっこいてんだよ。凄まれた晴也はまた目立たないパシりに戻ったが、他のクラスの連中の驚きの視線を浴び、遊びに来ていた他所の学校の女の子たちに、綺麗だと羨ましがられた記憶は曇らなかった。

「俺の唯一の成功体験なんだ」

 必要以上に目立ってはいけない。でも誰より完璧に演じたい。晴也はいつも、今でもそんな矛盾を持て余している。

「さぞかし素敵なメイドだったんだろうな、見てみたかった」

 舞台の中央でスポットを浴びるような人に、こんな話をするのは恥ずかしかった。

「……高校生だからさ、今よりもたぶん綺麗だったかも」
「ハルさんは今だって女になれば一番綺麗だよ、優さんも来週は女で来てくれるって楽しみにしてる」
「あ、そう……」

 晴也は照れ隠しに、すっかり空っぽになった二人分の茶碗と皿を片づけてシンクに置き、洗っておいた苺を冷蔵庫から出す。

「めちゃ美味しそう、ビタミンCだ」
「風邪にいいだろ」

 うん、と無邪気に言った晶は、早速へたをつまんで熟れた苺を口に運んだ。迷わず丸ごと口に入れて、唇をすぼめてへたを残す。その様子に妙な色気があり、晴也はつい視線を彼の顔に留めてしまう。彼は口をもぐもぐさせながら、晴也と目が合うと目を細めて笑った。心臓がやたらと大きな音を立てる。

「嫌だなハルさん、何で観察するんだよ」

 苺を飲み下した晶が訊いてきたが、晴也は無視して自分も苺を食べた。トマトとは違う、即時に幸せをもたらす糖度を口内に感じる。

「あっま……」

 晴也がつい言うと、晶は少し首を傾げた。

「……苺食う顔エロい」

 言うなり大きな苺を器から摘み上げて、何を言われたかすぐに理解できなかった晴也に差し出した。

「食べて」

 晴也は赤面を禁じ得ない。楽しげな晶を横目で見てから苺に指を伸ばした。

「じゃなくって、俺の手から食って」
「……どういうプレイなんだよ」

 晴也は拒否したが、晶は諦める様子が無かった。まあこいつ病人だし、大目に見よう。仕方なしに晶の持つ苺をゆっくりかじった。どんな食べ方であれ、値の張った苺は美味で、果汁が口の中で弾けると頬が緩む。
 晶の視線は明らかに性的な興味をはらんでいた。晴也はそれに気づいて顔を引き締めたが、彼は手許に残った果肉を、ほとんど恍惚の表情で口に入れた。……おまえのほうが余程エロいんだよ! 晴也は思わず目を逸らす。
 苺を二人で平らげると、晶は薬を飲んだ。何をされるかわからないので、晴也は晶を隣の部屋のベッドに追い立てた。右足を引きずる様子は無い。もう痛みは引いたのだろうか。
 晴也が尋ねる前に、晶は右足をベッドの上に上げて、レッグウォーマーを外した。踊り手らしいしっかりした足首は、見た目には異常は無いようである。

「ちょっとひねった、俺が振りをひとつ飛ばしてサトルとぶつかりかけたんだ」
「……湿布、冷たいのとあったかいのと買ってきたんだけど」

 晴也は紙袋からドラッグストアの袋を出す。晶は驚いたように、ありがとう、と言った。

「もう痛くはないけど、じゃあ冷たいほうを……」

 晴也は箪笥の上の救急箱を下ろしてやり、晶が手慣れた様子で、湿布の上から包帯を足首に固く巻くのを見ていた。

「美智生さんや優さんに出来れば言わないで欲しいんだけど」

 晶は言いながら、次は左足をベッドの上に置いた。ズボンを膝の上までめくり上げる。無駄な肉など一つもついていない、鍛え上げられた脚だった。

「寒いせいもあって古傷が痛むんだよな」

 救急箱から肌色の太いテープを出して、晶は左手で膝に触れた。そこには傷跡がある。メスを入れているのだと、晴也にも察せられた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

隣のチャラ男くん

木原あざみ
BL
チャラ男おかん×無気力駄目人間。 お隣さん同士の大学生が、お世話されたり嫉妬したり、ごはん食べたりしながら、ゆっくりと進んでいく恋の話です。 第9回BL小説大賞 奨励賞ありがとうございました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...