夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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11 風雪

7-2

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「ハルさん、心配かけて本当にごめん、俺は大丈夫だから」

 大丈夫じゃないのは俺だ。どうしておまえのことで、こんなにもやもやしなきゃいけないんだ。晴也は言いたくなったが、やはり言葉を飲み込む。

「ハルさん……?」

 無言で鞄の中を整理する晴也に、晶がついと寄ってきた。彼は11時に直行する営業先があるらしく、一度自宅に戻るつもりでいた。

「何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「……別に」

 晴也はクローゼットを開けて、ハンガーにかかったネクタイから1本を選び、シャツの襟の下に通す。晶は楽しげにそんな晴也を眺めていた。

「……何なんだよ」
「身繕いするハルさんを見るの好きだな」
「いちいちエロい視線を送ってくるな」
「言いたいこと言ってよ」

 晶は今にも抱きついて来そうな距離感で言ってきた。晴也は彼の視線を避けるように、やや背中を向け気味になった。

「……イギリスから知り合いが来たんだろ、それでエミリの夢を見たんじゃないのか?」

 晴也がかなり思いきって尋ねたにもかかわらず、晶はああ、と軽く応じた。

「ナツミさんから聞いたのか? なるほど、そうなのかもしれない」
「何で俺にその話をしてくれないんだよ」

 晶は晴也にじっとり睨まれ、心底意外そうな顔になった。

「隠してた訳じゃない、ナツミさんの就活の話の流れで……彼イギリス系の外資に興味があるって言うから」

 晴也は晶の説明をほぼ無視した。

「演出家なんだって?」
「あ、うん、役者もやってて俺の芝居の先生の一番弟子だよ……今夜ルーチェに観に来るんだ、明日の夜に寿司屋に連れてくことになってる」

 晶の旧知の友達が来ただけなのに、何故か不安のようなものが胸にたゆたう。晶は慰めるような微笑を浮かべた。

「ハルさんがそんな顔するようなことは何も無いけどなあ」

 違う。晶は外国人の友人を物見遊山に連れて行くように言うが、晴也は直感した。そいつはおまえに何を話した? ……もしかして、ロンドンに戻って来いとか、そういう類の話をしに来たんじゃないのか? だからエミリのことを思い出して……。

「もう時間だ、出ないと」

 晶に言われて、晴也は喉元まで上がって来た言葉を飲み下し、コートに腕を通す。晶はマフラーを首に巻いて、鞄を肩に掛けた。そして2人して靴に足を入れると、晴也が扉を開ける前に晶が軽く抱きしめて来た。

「鍵返さなくていい?」

 すっかり忘れていた。晴也はそんな自分に焦った。

「返せ、ショウさんに渡したのマスターキーなんだ」
「スペアキーと交換で」

 晶は当然のように言う。晴也は眉間に皺を寄せた。

「探さないと……すぐに出てこない」

 仕方ないなと言わんばかりの風情で、晶は晴也から腕を解き、鞄の内ポケットから鍵を出した。
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