夜は異世界で舞う

11 風雪

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「ゲイのくせに、しかも俺のベッドで寝ながら女の名前を呼ぶとかおかしいだろ」

　晴也が翌朝、迷った末に食器を洗いながら小さく苦情を申し立てると、プロテインを飲んだマグカップを持ってきた晶が首まで赤くなった。珍しい反応が面白い。

「ごめんハルさん、誤解しないで欲しいんだけど、たぶん昨夜名前を呼んだ女性と俺とはそういう関係ではなく……」

　エミリ・リウ、あるいはリウ・シェファというのが、例の行方がわからなくなった台湾人の俳優の名だと晶は教えてくれた。晶のことをショウと呼び始めたのも彼女だったという。

「アキラって外国人にはちょっと発音しにくいらしい、それでエミリがさ、その字は自分の国でもショウって発音するから、私はそう呼ぶって言い出して」

　そう話す晶の顔や声には、大切な思い出を慈しむ気持ちが滲み出ていた。晴也は胸の中で尻込みする。それが土足で踏み込んではいけない場所だと感じたからだ。

「そのエミリとやらはショウさんが好きだったんだよな？」
「うん、たぶん……」

　晴也は既存の情報で突っ込んだだけだが、晶はこれに対しても、珍しく歯切れの悪い返事をする。

「とにかく俺がもう少し気を配っていれば……彼女がいきなり黙って帰国するようなことにはならなかったかも知れないんだ」

　たまにその後悔が悪夢になって晶を苦しめるらしい。許してくれなんて寝言を吐くくらいだから、かなり気に病んでいるのか……晴也はマグカップを晶から受け取りながら言葉を探したが、適切な文がなかなか出てこない。

「……彼女のことを思い出すきっかけでもあったのか？」

　晶はうーん、と呟いた。

「そもそもハルさんは少し彼女に雰囲気が似てるので……」

　自分の欲しい返事を晶がくれないので、晴也は腹立たしくなり、うざ絡みをしたくなる。水を止める手までつい荒っぽくなった。

「何だ、じゃあおまえやっぱりエミリが好きだったから、俺にその人のこと重ねてんじゃねぇか」

　違う、と晶ははっきり答えた。

「ハルさんはハルさんだ」

　手を拭く晴也を見つめる晶の黒い瞳が真剣なので、晴也のほうが目を逸らした。

「……でもハルさんが妬やいてくれてるみたいだからそれも良しかな」
「妬いてなんかない、自惚れるな」

　嫉妬とは少し違う気がする。エミリは、いくら晶が気にしていようが、あくまでも彼の過去だからだ。それよりも昨夜からナツミに対して抱くもやもやのほうが、その言葉に近い。
　面倒くさいな。自分の感情を持て余す晴也は、早くも投げ出したくなっていた。