夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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12 憂惧

2-2

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「ショウさん、昨日観に来てた人……」
「ああ、サイラス? 面白かったって喜んでくれたよ」

 晴也はやや緊張気味に、あんなに訊くのを躊躇ためらったことを遂に口にした。

「あの人……ショウさんに戻って来いって言いに来たんじゃないのか?」

 晶はりんごをかじり、首を傾げた。

「さあ……手伝って欲しいことがあるとは言ってた、今夜それを聞かされそう……一緒に来る?」
「それはいい」
「気になるんだろ?」

 晴也は少し感情を殺したのを自覚した。

「ショウさんの仕事に口は出さない」
「ハルさんは俺の恋人だから、我慢できないことが伴うなら口を出す権利がある」
「そんな権利は恋人にも親にも無いと俺は思う」

 晴也はちょっと晶の顔から視線を外した。

「だから……ショウさんがロンドンで踊りたいならそうすればいい」
「ちょい待って、またそんな風に先走って……」

 晶はバターナイフを手にして笑った。

「そんな気は無いよ、日本に帰ってきて得た場所が今は大切だから手放したくない……ハルさんを含めて」

 晴也は覗きこまれて俯いた。実は自分が口にした言葉にダメージを受けていた。晶がロンドンに行ってしまったら、どれだけ寂しいことだろう……耐えがたいような気がする。
 でも晴也は、晶がもし外国で踊りたいならそうするべきだと思うし、彼の足枷になるのは絶対に嫌だった。自分の中に生じた矛盾が、ここ数日自分の心をちくちく刺していたと、晴也はようやく理解する。

「……ハルさんは今まで俺が交際してきた人たちとタイプが違うから……面白くて難しいなぁ」

 晶は言ってからパンを齧った。

「舞台に携わる人間って皆厚かましいんだ、俺の言うことを聞け! ってお互いになって喧嘩になる」

 想像するだけで鬱陶うっとうしい。晴也は黙って苦笑し、自分もパンを齧る。

「ハルさんはいつも自分が引くから、そういう奥ゆかしいところも好きなんだけど、もっと我を出してくれたらいいのに……とも思う」
「人様にさらけ出すような我は無いよ」
「そうかなぁ? ハルさんはたぶん身体の奥底にマグマみたいなものを抱えてる、それを抑えつけるようなことばかりして欲しくないってのもある」

 晶のこんな買いかぶり発言にもだいぶ慣れた。慣れて良いものなのか、よくわからないが。

「……今日何するんだ?」

 晴也はきれいに剥かれたりんごにフォークを刺した。晶は行きたいところが無いか訊いてきたが、電車のダイヤは乱れているし、そうなるときっと車も混む。

「じゃあまったりしとこうか」
「でもショウさん、こんな狭いとこだとストレッチもできないだろ」

 晶の部屋で週末を過ごすと、彼は朝食の後に、晴也に断ってから10分ほど身体を動かす。見ているだけで楽しい。

「そんなの別にいい……あっ」

 晶は何か思い出したような声を上げて、ベッドの傍のコンセントに繋いで放置していたスマートフォンを取りに行った。

「駅前に良さそうな貸しレッスン室があるんだ」

 晶は画面をタップしながら言った。

「ハルさんのところに行くときはここを使えばいいんじゃないかって思ってて」

 駅前の雑居ビルの中に、レンタルスペースがあるらしかった。そのうちの1室に、鏡張りの壁があり、ヨガやダンスのレッスンに使えるという。

「ここ借りてみよう、ヨガマットも貸してくれるみたいだから、ハルさんも一緒に身体をほぐそう」
「え……俺も?」

 晴也はぎょっとする。

「おおっ、お昼の1時間がぽっかり空いてる、ここキープ!」

 晶は手続きを始めたようだった。やけに楽しそうである。晴也は自分が何かをするのは気が進まなかったが、晶の練習を見てみたいと思った。

「いつもそうやって場所見つけて練習するのか?」

 晴也の問いに晶はうん、と応じた。

「実家で子どもにレッスンする時はその後に使わせてもらって、主に週末に時間貸ししてるところを借りてる」

 ダンサーは本来なら毎日練習するところなので、晶は当たり前のことをしているのだが、それにしても忙しい。

「週末に俺と遊びに行ったりしたら……」

 晶の大切な時間を奪うことになる。言いかけた晴也を、晶は手で制した。

「ハルさんと会う時間はいいんだ、練習以上に大切なんだから」

 言われて晴也は顔が熱くなり、またうつむいた。晶のくすっという笑いが、頭上から降ってきた。
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