夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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13 破壊、そして

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「はーいハルちゃんも乾杯!」

 周辺のテーブル全員で合唱になった。晴也は胸の底に冷えたものの塊の存在を感じつつ、陽気な雰囲気に溺れる。普段いないノリのいいホステスの存在に、やたらに盛り上がってくれるのも楽しかった。カウンターから心配そうな複数の視線が注がれていることにも気づいていたが、スルーを決め込む。
 客のくだらない冗談にげらげら笑っていた晴也は、店の扉が勢いよく開いて、鐘が高らかに鳴ったことに気づかなかった。ふとテーブルにグラスが溜まっていることに気づき、いくつかを盆に引き上げる。オーダーを取るのを手伝いに来てくれた麗華が、心配を声にたたえて小さく訊いてきた。

「ハルちゃん大丈夫? 飲み過ぎじゃないか?」
「あはは、だいじょうぶ……」
「……ハルさん!」

 晴也は頭上から降ってきた声に硬直した。3つのテーブルに座っていた全員が、声の主を見上げる。女性は一様に、予想外にいい男がそこに立っていたことに目を輝かせた。

「……あ、いらっしゃい」

 晴也はかすれた声で間の抜けたことを言った。風になぶられたのか、その黒い髪が少し乱れていた。胸に湧いたのは困惑と焦りだったが、久しぶりにその整った顔を見た喜びは禁じ得なかった。

「いらっしゃいじゃないだろ! どうしてブロックするんだよ」

 セーターにジーンズ姿の晶は目を吊り上げていた。流石に怒っているらしいと思い、喜びが引っ込んだ晴也は、たちまち腋の下に嫌な汗が滲むのを感じた。
 酔っ払いの集団と化しているテーブルから、口笛が鳴った。

「ハルちゃん! これは修羅場ですか!」

 笑いと拍手が湧く。麗華が慌てて空いたグラスを引いて、代わりに美智生がやって来た。

「ショウくんこんばんは、カウンター空いてるけど」
「ミチルさんいいですよ、ショウさんはすぐお帰りでしょうから」

 晴也は高らかに宣言して、勇気を振り絞って晶を見上げた。目を合わせて言う。

「だよな、これから舞台だろ? 何しに来た?」
「話をしに来たんだよ、電話にも出ないから」

 晶は低い声になったが、周りからおーおー、と冷やかす声が上がる。滑稽な見せ物と受け取られるなら、そのほうが気が楽だ。晴也は客たちを味方につけた気になった。

「話すことはないと申し上げましたわよ」
「真面目に話せ、こっちは意味がわからない」

 男性客が座ったまま晶に言う。

「おにいさん、相手に拒絶されてる時は引き際を間違えるとストーカー扱いされちゃうよ?」
「引き際? こっちは彼からまともに理由も聞いてないんですよ、納得できる訳ないでしょう?」

 晶は話しかけてきたサラリーマンに噛みついた。完全に出来上がっている彼らは、次は晴也のほうを見る。

「ハルちゃん、彼こんなこと言ってるからさ、ここにいる俺たち証人にして今ケリつければ?」

 いいとも、やってやる。彼らと同じくらい出来上がっている晴也はふらりと立ち上がった。忙しくてフロアを歩き回ったせいか、パンプスの足が少し痛いが、晶を横目で見ながら演説を始める。

「大体はなからこいつは陰キャでコミュ障の俺に何を求めてるのかさっぱりわからなかったんだ、それをしつこく迫ってきて」

 晴也の言葉に晶ははぁっ⁉︎ と声のトーンを上げた。テーブルから笑いが起こる。

「確かに交際してくれと言ったのは俺ですよ、タイプだから……でもそもそもの話をするなら、俺すぐ近くのビルの地下で踊ってるんですけど、それを観に来てくれて、かっこよかったですとか色っぽい目で言われたらその気になるでしょう?」

 晶はテーブルの客たちに身振りを交えて訴えた。流石役者だ、求心力がある。晴也は彼に流れを持って行かれる危機感を覚えた。

「人を男好きのビッチみたいに言うな、俺はまともに男女交際もしたことがない童貞だぞ! おまえにはさぞかしちょろかっただろうなっ!」

 あけすけな晴也の言葉に皆爆笑した。

「ハルちゃんは彼に何を怒ってんの、そこ聞かせてもらっていい?」

 女性客に言われた晴也は、一瞬迷う。本当に、何が気に入らなくてこんなことになったのか? 晶は目を吊り上げてはいるものの、早川に対するように怒りをぶつけてくる気は無さそうである。
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