夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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13 破壊、そして

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「ハルさんのほうこそとっとと心変わりするんじゃないのか、ここでもこんなにモテるんだから、とんだコミュ障がいたもんだ」

 一瞬晶に気持ちを許しかけたが、その言葉に一気に脳内が沸騰した。彼は畳み掛けてくる。

「ちっともわかってない、結局ハルさんは自分が一番可愛いんだよ、それで可哀想っぽい自分に酔ってる」

 頭の中が真っ白になり、顔が熱くなった。晴也は掴まれたままの右手ではなく、左手を晶の顔目がけて振り上げた。場の空気が緊張したのを感じたが、迷わず渾身の力を籠めて手を振り下ろす。ぱん! と高い音が店の中に響き、恐ろしいほどの沈黙がその場に落ちた。晶を打った掌に痺れるような痛みが広がる。晶はゆっくり顔を上げて、眼鏡を直した。

「……お兄ちゃん、やめて!」

 沈黙を破ったのは明里の声だった。そちらを見ると、彼女はカウンターで立ち尽くして震えているようにも見えた。ママがヒールの音を響かせながらこちらにやって来る。

「ハルちゃんもういい、十分だ……ショウさんは舞台だろう? もう行きなさい」

 ママの静かな声はその場にいた全員の頭を冷やしたようだった。晶が晴也の手首を離すと、思わず晴也は後退った。

「おにいさん、これから踊るの?」

 女性客の1人が小さく晶に訊いた。彼は彼女を見て、腕時計を確認した。

「11時から踊ります、2つ隣のビルのルーチェってショーパブです、よろしければ是非」

 晶はふてぶてしくも笑顔で言う。晴也はまたカッとなった。

「宣伝してんじゃねぇよ、消えろ馬鹿!」
「帰るなよハルさん、店はねたら駅前の喫茶店ででも待ってろ、でないと明里さんに道訊いて実家まで行くからな」
「黙れクソ野郎!」

 こちらに走って来た明里が、晶の背中を押して、店の外に連れ出そうとした。どう見ても晴也に分が悪そうだった。

「皆さん申し訳ありません、喧嘩はおひらきです……これ、やらせじゃないですよ」

 ママは晴也の肩を抱いて明るく言った。場の空気が緩む。晴也は悔しくて、ぼろぼろ涙をこぼした。

「ハルちゃん、許してあげなよ」
「あのおにいさん、外国行ってもきっと帰って来るって」

 客から次々と声をかけられて、晴也はようやく恥ずかしくなってきた。涙が止まらなくて、おしぼりを手渡される。

「ハルちゃんあの人のこと好きなんだね、自然消滅なんかできる訳ないよ」
「そうだよ、怖がらないで話し合えよ」

 ママがうながすので、晴也は客たちに頷きながらゆっくり歩き始めた。

「明里ちゃんに来てもらうから……一緒にもう帰る?」

 バックヤードに導かれながら、ママの言葉に晴也は首を振った。いや、しかし……。

「……もうクビですよね、こんなことして」
「いや、どうするかと思ってわざと止めなかった」

 晴也はパンプスを脱ぎながら、ママを振り返った。ママは苦笑していた。

「昨日ショウさんが……ハルちゃんは肝心なことをいつも遠慮して言わないって話した、ショウさんはショウさんでハルちゃんに話せないこともあるんだろうなと感じたから」

 晴也は座布団の上に足を投げ出した。ママは小さく笑う。

「お客さんの前ならほどほどにまとまるかなと思ったけど、俺が甘かったな」

 すみません、と晴也はおしぼりで涙を拭いた。

「すっきりしただろ、ショウさんとのことを含めてこれからのことをゆっくり考えるといい」

 面目無くて、晴也はママの顔を見ることが出来なかった。
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