夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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16 熱誠

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 買い物が済むと、晶の希望で、あんみつを食べることになった。目指した喫茶店は、案の定満席で、仕方なく晴也は待機席に腰を下ろした。明るい店内は、人の話し声に満ちている。すぐに空くよと晶はのんびり言うが、ものを食べるために並ぶのは、基本的に晴也はあまり好きではない。晶と一緒でないなら、他の店に向かうところである。
 その時晴也は、窓際の席に座る男女が、こちらを見ていることに気づいた。まさか自分が見つめられているなどとは思いもしなかったので、晴也はちらっと、右に座る晶や左に座った女性たちを見た。
 晴也は自分に視線を送ってくるカップルを、半ば顔を伏せながら検分した。そして思わず、ひゃっと声を立てて息を吸った。

「ハルさん? どうかした?」

 晶が訊いてきた。晴也はうろたえる。窓際のカップルは、三松夫妻のように見えた。

「あっ、あのさ、他の店じゃ駄目か?」
「えっ? 待つのが嫌ならいいけど?」

 しかし、遅かった。三松の妻が立ち上がり、こちらにやって来たのである。晶も彼女の姿が視界に入ったのだろう、そちらを見た。

「やっぱり福原くんだ! めちゃ久しぶり! 待ってるなら4人席だから一緒にどう? えっと……」

 三松惠は満面の笑みを見せ、ややテンション高く話しかけてきた。その時ようやく学生時代の知人に連れがいることに気づいたらしかった。彼女は晶の顔を見て、あれっという顔をする。

「こんにちは、福原くんのお友達……ですよね、私たち学生時代の知り合いなんですけれど、ご迷惑じゃなければ一緒に……」

 晴也ははらはらしながら晶の横顔を見ていた。彼の目が見開かれた。すると惠は昔と変わらない、嫌味の無い親しみを見せて晶に言った。

「……失礼な言い方をしてすみません、何処かでお会いしたような気がするんですけど」
「渋谷……じゃないですか?」

 晶の答えに、惠はああ、と声を高くした。

「そうです、モデルさんかなって主人と話してて……」
「そちらにお邪魔させていただきますね」

 晶はフリーズした晴也に代わって動く。店員に相席をすることを告げ、晴也をうながして窓際の席に連れて行った。
 テーブルでは、三松佑介が3人を笑顔で迎えた。惠は夫の横にバッグを移動して、お互いが横並びになるよう気を遣う。その夫はよく見ると目尻に笑い皺ができて、それが良くも悪くも世帯じみた空気感を醸し出していた。

「やっぱり福ちゃんだった、久しぶりだなあ……急に年賀状やら送りつけてごめん」

 懐かしさや嬉しさより警戒と緊張が上回り、晴也はほぼ6年ぶりに話す友人に、ぎこちない笑顔を向けた。晴也は去年の年末に彼らと会ったと認識しているが、あちらは久しぶりだと信じているため、温度差が半端ない。だからどう振る舞えばいいのか、全くわからなかった。晶はちゃっかり、水を運んできた店員にあんみつ2つ、などと言っている。

「お連れさまがほら、渋谷の東急百貨店で、福原くんに似たきれいな人と一緒にいらしたかた」

 惠の言葉に、佑介はええっ、と声を高くする。ここまで来てもまだ彼らは、その「きれいな人」が晴也だとは思いもしないのだ。微笑を浮かべ黙っている晶を見ても、不自然だと思わないのだろうか?
 晴也は混乱して、逃げ出したい衝動に駆られていた。喉がからからになり、声が出ない。ようやく三松夫妻は、晴也がさっきから一声も発さないことを不審に思い始めた。少なくとも晴也にはそう見えた。

「どちらにお住まいなんですか?」

 晶がさりげなく訊いた。最寄りが神谷町と聞き、銀座に出るのが便利だと納得する。晴也は彼らから貰った手紙の住所を見ても、そこまでぴんと来なかった。
 晶は会話を繋ぐ。

「あの時お子さんがいらっしゃったように記憶するんですけど」
「ああ、今日は私の両親が半日預かってくれてるんです、たまには2人で買い物に行けばいいって」

 惠の返事に、晶は親切な親御さんですね、と笑顔を見せた。だてに普段営業をしている訳ではない、如才ない対応だった。

「福ちゃんは買い物?」

 佑介に訊かれて、晴也は散髪に、と辛うじて答えた。どうする、晶をどういう知り合いだと紹介すればいい?
 晴也は晶が三松夫妻を値踏みしていることに気づいた。彼はこの2人を、晴也に対して恩知らずな態度を取った人々だと位置づけているのだ。それを思い出して、晴也の背中にますます嫌な汗が噴き出してくる。
 惠が注文していた苺のパフェがやって来た。続いて抹茶のアイスクリームとコーヒーが、佑介の前に並ぶ。強いられた緊張が一瞬緩んだので、食べて、と晴也は短く伝えた。楽し気な夫婦を見て、それぞれのオーダーも彼ららしいと懐かしく思う余裕が湧いた。
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