出来心、あるいは、必然。~デキる年下同僚を買ってしまった件~

穂祥 舞

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11月

4-⑤

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 晃嗣は小さく頷き、靴を脱いだ。そこは小さなダイニングスペースで、その奥に広い目の部屋がある。右手にベッド、左手に机。その傍には細長い本棚があり、話題を用意するのも大事な仕事である営業担当らしく、様々なジャンルの本が並んでいた。
 小綺麗に暮らしているのだなと、晃嗣は感心した。物は多くないが、晃嗣の殺風景な部屋と違い、人の暮らす温かみがある。
 晃嗣は勧められるままにダイニングの小さな机に座ってマスクを外し、電気ポットのスイッチを入れる朔の背中を見つめた。

「もうトイレに出入りするのは治まったんだ、熱ははなから全然無いし安心してよ」

 朔は自分は感染症ではないと言いたいらしかった。一番最近の感染拡大時、社内でもかなりの数の者が欠勤した。総務部と人事部は感染者や濃厚接触者を把握するのに振り回されて、晃嗣は感染することへの特別感がやや麻痺してしまっている。

「ああ、それ思いつかなかったよ」

 晃嗣は肩をすくめた。朔は小さく笑う。

「それ駄目じゃん」
「そう? 感染したんじゃないならいいとして、昨日食当たりするようなもの食べたかな……俺は何ともないんだけど」

 朔はインスタントコーヒーをマグカップに入れた。彼が沸いた湯をそこに注ぐと、良い香りが鼻腔をくすぐった。
 朔はグラスに、桂山が持って来てくれたというスポーツドリンクを注いで、椅子を引く。

「海老かもしれない」
「海老?」
「俺軽く甲殻類アレルギーあって」

 晃嗣はマグカップを持ったまま朔を見つめた。そして昨夜のメニューに思い当たる。海老のビスクだ……だから半分残したのか。

「どうして先に言わないんだ」

 スポーツドリンクを飲む朔に、晃嗣は言った。

「知っていたらレストランに話した、対応してくれた筈だ……アナフィラキシーで倒れたらどうするんだ」

 朔はきょとんとする。

「柴田さん大げさだなぁ、たまにあることなんだ、丸一日休んだのは初めてだけど」
「全然大げさな話じゃない!」

 ことの重大さに気づいていない朔が腹立たしくなり、晃嗣は強く言った。

「調子が戻るのに丸一日かかったってことは、アレルギー反応が強くなってるんじゃないのか? 同じことやったら次回は呼吸困難を起こすかもしれないだろうが」

 晃嗣が怒りを含めて真剣に話すのを、朔はあ然といった顔で見ていたが、やがて決まり悪そうにうつむいた。

「ごめんなさい、ご馳走になるのにあれは駄目これは駄目って言い出しにくくて」

 肩を竦めて座る朔を見て、晃嗣は自分にも落ち度があると思った。初めて一緒に食事をする相手なのだから、好き嫌いとは別に、食べられないものはないかと尋ねるべきだったのだ。

「……そうだよな、俺が訊いたらよかったんだ」
「だから柴田さんのせいじゃないっつの」

 朔は顔を上げて、困ったような笑い顔になる。

「柴田さんがご馳走してくれたものに当たったなんて思いたくないし」

 またこういう言い方をする。どんな反応を期待しているのだろうか。晃嗣は嗅いだことのない匂いがする他人の部屋で、困惑を深める。テーブルが小さいこともあり、朔の顔が近いのも、普段経験しない緊張感を高めた。

「……こういうことになったらいつもどう対処するんだ?」

 晃嗣は今後……今後があればの話だが、もし一緒にいる時に朔が海老や蟹を口にしてしまった場合を考え、訊いた。しかし朔の返事は、極めて曖昧だった。

「うーん、マシになるまで待つしかない」
「そんな……病院に行ってないのか?」
「行っても仕方ないから行かないよ、身体に入れないよう防衛するのが全てなんだ、食い物のアレルギーって……俺の場合は大人になってから出たから、たぶん一生つき合わなきゃいけないし」
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