出来心、あるいは、必然。~デキる年下同僚を買ってしまった件~

穂祥 舞

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12月

8-③

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 しばし静かな時間が流れた後、桂山は如何にもいいことを思い出したと言わんばかりに、声を弾ませた。

「そうそう、金曜日に営業課主催でクリスマスパーティをします」
「パーティ?」
「ええ、今年は日取り的に家庭持ちがほとんど参加しないので、独身中心の飲み会になりそうですけど……気晴らしにどうですか?」

 感染症の拡がりが懸念されているのに、大胆なことである。確か昨年も、営業課は会議室で集まって何かしていた。他部署にも拡張しようということらしい。
 晃嗣は楽しげな桂山に水を差さないよう、一応確認する。

「あの、ストップかからないんですか?」
「今のところ大丈夫です、今年は一番広い大会議室を使います……20分に1回換気するから寒いですが」

 2階の大会議室は、株主総会やプレスリリースに使われる部屋である。参加者の間に距離を取るには十分だろう。

「ケータリングも昨年より美味しい会社に頼んでますから、ドリンク付きの食事に行くと思って貰えれば」
「はあ……」

 ふと晃嗣は、朔が参加するのかどうかが気になった。参加者は独身ばかりだと桂山は言ったが、普通に考えれば、朔も含まれそうである。

「ああ、高畑くんはこの日夕方に取引先に挨拶に行くので、先様との話が長引けば遅刻参加になりそうですね」

 晃嗣の心の中を覗き見したような桂山の言葉に、動揺が顔に出そうになるのを必死で抑えた。そうですか、と答えた声が上擦うわずかすれたが、涙の後だからだとごまかせそうだった。

「秋に倒れた時以来、柴田さんが気にしてくれているとさっくんが言ってました……営業は知人が少ないかもしれませんが彼がいますし、基本皆フレンドリーですので安心してください」
「はい……ありがとうございます」

 晃嗣は机の下で手を固く握り締め、朔に対して何らかのアクションを起こす必要があることに緊張感を覚えた。LINEのメッセージでは、上手く気持ちを伝える自信が無い。ならば、金曜のパーティに参加することだけを連絡し、集まりが終わってから朔と話す時間をつくるほうがいい。
 桂山はこちらを心配そうに見ていた。晃嗣は彼に向かってぎこちなく笑ってみせる。

「お気遣い痛み入ります」
「無理の無い範囲で参加してください、レク費が会社から出るので会費は1000円で結構です」

 晃嗣に迷う時間は無いようである。桂山は晃嗣を頭数にしっかり入れている様子だ。元々会社の行事にほとんど参加しない晃嗣ではあるが、今回は事情が特別でもある。朔と顔を合わせる機会ができることを、今の晃嗣は手放しでは喜べない。しかし、この鬱陶しい現状を打破するきっかけになればいいと考えた。

「では少しだけ顔を出そうと思います」

 晃嗣の回答に、桂山は微笑した。

「適当に出入りしてください、他にも10人ほど他部署から参加してくれます」

 ふと気になって、晃嗣は桂山に訊いた。

「桂山課長は家に帰らなくていいんですか? 金曜でクリスマス直前なのに」

 桂山はファイルからA4の紙を1枚出して、晃嗣の名を表の中に書き込んでいた。パーティの出席者の名簿らしい。

「私が主催なので最初から最後までいますよ、私のパートナーは金曜は関西で仕事なので、帰りが遅いんです」

 そうですか、と晃嗣は応じた。
 気持ちはだいぶすっきりしていた。桂山と彼のパートナーのようにはいかないだろうが、何が「誤解」だと朔が思っているのかくらいは、確かめてもいいかもしれない。
 そして、お互いがこの関係をどう受け止めていて、これからどうして行きたいのかも……話し合うことができるならば。
 晃嗣は朔が好きだった。それは確かな事実だ。朔に恋人役を演じてもらうのではなく、本当の恋人になってほしいと思っているし、いくら家族を安心させたいからといっても、好きでもない女の子と結婚なんかしてほしくない。
 朔が家族を思う気持ちを否定はしない。むしろ彼のその姿勢は尊い。だが、彼が必要以上に自己犠牲的に振る舞うのは、彼と彼の家族にとって好ましくない。彼が晃嗣を選ばなかったとしても、それだけは伝えたい。

「すみません桂山課長、お世話かけました」

 晃嗣は目の前に座る男性に頭を下げた。桂山はやはり人の良さげな微笑を浮かべて、いいえ、と言った。

「……ディレット・マルティールは変わった店で、大切なスタッフほど客に身請みうけさせたがるんですよ」

 身請けという桂山の言葉は時代錯誤だったが、彼のように、客が気に入ったスタッフをパートナーにしたという実情を上手く表現していた。
 そういえば神崎綾乃は、朔と自分が仲良くやってほしいと考えていることを隠さないが、店の売り上げのためという以上に、奇妙な熱心さをちらつかせる。彼女は晃嗣が朔を「身請け」すればいいと思っているのかもしれなかった。

「……ほんとに変な店ですね」

 晃嗣はつい口にして、自分の表情が緩むのを感じた。そうなんですよね、と桂山も笑い混じりに応じた。
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