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それも、賢者のおくりもの
12月13日 18:30①
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桂山暁斗の時計の分解清掃が終わり、部品を元に戻す作業が佳境に入った時、坂井時計店に宅急便がやって来た。坂井は手が離せないので、美紀が小さな箱を開ける。その中に丁寧かつ頑丈に梱包されていたのは、桂山の注文していた時計だった。
商品の確認のために包装を解いた美紀が、作業室にいる坂井に声をかけてきた。
「桂山さんの時計来たわよ、きれいね」
「傷とか動きに問題ないか見ておいてくれないか」
坂井は妻に言い、桂山の古い時計の仕上げに、裏の蓋をしっかりと嵌め込んだ。
「大丈夫なら電話してあげよう、あっちの時計もスタンバイOKだ」
エプロンを取りながら店舗に出ると、美紀がトレーを出して新しい時計をモノクルで眺めていた。彼女は機械を触ることは一切できないが、商品をいつも丁寧に(むしろ坂井よりも)扱い、ディスプレイも得意だ。窓ガラスには、昨日設置したばかりのクリスマスの装飾が踊っている。
「ねえ、これって見本には無いわよね?」
美紀がモノクルを外して坂井を見上げた。坂井が乳白色の文字盤を見ると、12時の場所に清らかな光を放つアクアマリンと、4時の場所にシックな紫色の石がついている。
「ほんとだ、モデルチェンジしたとは聞いてないぞ」
箱の中には、時計の作家が用意してくれた包装紙と紙袋、納品書と手紙が一緒に入っていた。坂井は納品書を開き、A4の紙に印刷された作家からの手紙に目を通す。
「ああ、それでいいんだそうだ……アメジストらしい、粋なことをするなぁ」
坂井は手紙に納得して、美紀にそれを手渡した。彼女は手紙に視線を落として、あら、と笑顔になる。
桂山に電話をすると留守電になったが、彼はその日の閉店30分前にやって来た。外はすっかり暗くなり、桂山と一緒に冷たい風が店の中に吹き込んできた。
「こんばんは、寒いですね」
「こうなると師走という感じがしますね」
桂山はマフラーにマスクを埋めるようないでたちだったが、店の暖房にほっとしたようにマフラーを外す。
「お掛けください、2本の時計を確認していただかないといけませんから」
美紀が先日の高崎に対するのと同様に、コーヒーを淹れて運んで来た。桂山は目を見開き、ありがとうございます、と首を僅かに傾げた。
「まさか時計屋さんでコーヒーをご馳走になるとは……」
桂山はマスクを外し、人の良さそうな笑顔になって言う。彼はブラックでコーヒーに口をつけた。おいし、と小さく呟くのが何やら可愛らしい。
「こちらはまあなかなか良く汚れていました、掃除し甲斐がありました」
くすんだ銀も丁寧に拭くと、だいぶ輝きを取り戻した。時計をトレーに置くと、桂山はおおっ、と目を丸くする。
「見違えました」
「味が出ましたね」
桂山は嬉しそうである。こういう顔をしてくれると、坂井にとって古い時計の修理は、楽しいものとなる。
「それと……こちら、4時の石は作家がデザインのリニューアルで入れたそうで、お気に召さなければ至急元デザインに戻すとのことです」
いぶし銀に蔓の装飾が入った台や乳白色にうっすら輝く文字盤、輝くアクアマリンとアメジスト。女性的なデザインだが、凛とした時計だった。桂山はほとんどそれに見惚れていた。
「綺麗だなぁ、紫の石も綺麗です、これで結構ですよ……奏人さんによく似合いそうだ」
彼は連れ合いの名を思わずといった風に呼んだ。坂井はつい笑ってしまった。
「ええ、きっと良くお似合いになりますよ……私もそう思います」
桂山は視線を外して耳を赤くした。思ったままを口にし過ぎたとでも感じたのだろう。
「すみません、高崎さんが最近いらしたばかりでしたから……」
「そうでしたね、少し話して来たと言っていました」
坂井はそれとなく、桂山と高崎の年齢が離れていることに触れてみる。桂山はあまりそのことを気にしていない様子だった。
「ジェネレーションギャップはたまに感じるんですが、彼のほうが精神年齢が高いので」
桂山は照れくさそうに笑った。
「でも将来……残されることを考えてしまわれるようでしたよ」
坂井の言葉に、桂山はコーヒーカップを置き、そうでしたか、と言葉を落とす。
「ああ見えて彼は怖がりなところがあって……見えない先のことを考えて悩むことがあるんです」
坂井はなるほど、と応じた。
「私が頼りないのもあるのでしょう、それと彼は学生時代に父親との関係を修復できないまま先立たれていて……恋人を事故で亡くしています」
桂山の言葉に、坂井は黙って頷いた。何処となくひんやりとしたものを纏うあの美貌の男性は、なかなか複雑なバックグラウンドを持っているらしい。
「哲学を専攻してるんですよ、それも彼が頭で考えることを優先する原因だと私は思っています」
「ああなるほど、哲学ですか……」
先日の高崎との会話を思い出しつつ、坂井は納得していた。
商品の確認のために包装を解いた美紀が、作業室にいる坂井に声をかけてきた。
「桂山さんの時計来たわよ、きれいね」
「傷とか動きに問題ないか見ておいてくれないか」
坂井は妻に言い、桂山の古い時計の仕上げに、裏の蓋をしっかりと嵌め込んだ。
「大丈夫なら電話してあげよう、あっちの時計もスタンバイOKだ」
エプロンを取りながら店舗に出ると、美紀がトレーを出して新しい時計をモノクルで眺めていた。彼女は機械を触ることは一切できないが、商品をいつも丁寧に(むしろ坂井よりも)扱い、ディスプレイも得意だ。窓ガラスには、昨日設置したばかりのクリスマスの装飾が踊っている。
「ねえ、これって見本には無いわよね?」
美紀がモノクルを外して坂井を見上げた。坂井が乳白色の文字盤を見ると、12時の場所に清らかな光を放つアクアマリンと、4時の場所にシックな紫色の石がついている。
「ほんとだ、モデルチェンジしたとは聞いてないぞ」
箱の中には、時計の作家が用意してくれた包装紙と紙袋、納品書と手紙が一緒に入っていた。坂井は納品書を開き、A4の紙に印刷された作家からの手紙に目を通す。
「ああ、それでいいんだそうだ……アメジストらしい、粋なことをするなぁ」
坂井は手紙に納得して、美紀にそれを手渡した。彼女は手紙に視線を落として、あら、と笑顔になる。
桂山に電話をすると留守電になったが、彼はその日の閉店30分前にやって来た。外はすっかり暗くなり、桂山と一緒に冷たい風が店の中に吹き込んできた。
「こんばんは、寒いですね」
「こうなると師走という感じがしますね」
桂山はマフラーにマスクを埋めるようないでたちだったが、店の暖房にほっとしたようにマフラーを外す。
「お掛けください、2本の時計を確認していただかないといけませんから」
美紀が先日の高崎に対するのと同様に、コーヒーを淹れて運んで来た。桂山は目を見開き、ありがとうございます、と首を僅かに傾げた。
「まさか時計屋さんでコーヒーをご馳走になるとは……」
桂山はマスクを外し、人の良さそうな笑顔になって言う。彼はブラックでコーヒーに口をつけた。おいし、と小さく呟くのが何やら可愛らしい。
「こちらはまあなかなか良く汚れていました、掃除し甲斐がありました」
くすんだ銀も丁寧に拭くと、だいぶ輝きを取り戻した。時計をトレーに置くと、桂山はおおっ、と目を丸くする。
「見違えました」
「味が出ましたね」
桂山は嬉しそうである。こういう顔をしてくれると、坂井にとって古い時計の修理は、楽しいものとなる。
「それと……こちら、4時の石は作家がデザインのリニューアルで入れたそうで、お気に召さなければ至急元デザインに戻すとのことです」
いぶし銀に蔓の装飾が入った台や乳白色にうっすら輝く文字盤、輝くアクアマリンとアメジスト。女性的なデザインだが、凛とした時計だった。桂山はほとんどそれに見惚れていた。
「綺麗だなぁ、紫の石も綺麗です、これで結構ですよ……奏人さんによく似合いそうだ」
彼は連れ合いの名を思わずといった風に呼んだ。坂井はつい笑ってしまった。
「ええ、きっと良くお似合いになりますよ……私もそう思います」
桂山は視線を外して耳を赤くした。思ったままを口にし過ぎたとでも感じたのだろう。
「すみません、高崎さんが最近いらしたばかりでしたから……」
「そうでしたね、少し話して来たと言っていました」
坂井はそれとなく、桂山と高崎の年齢が離れていることに触れてみる。桂山はあまりそのことを気にしていない様子だった。
「ジェネレーションギャップはたまに感じるんですが、彼のほうが精神年齢が高いので」
桂山は照れくさそうに笑った。
「でも将来……残されることを考えてしまわれるようでしたよ」
坂井の言葉に、桂山はコーヒーカップを置き、そうでしたか、と言葉を落とす。
「ああ見えて彼は怖がりなところがあって……見えない先のことを考えて悩むことがあるんです」
坂井はなるほど、と応じた。
「私が頼りないのもあるのでしょう、それと彼は学生時代に父親との関係を修復できないまま先立たれていて……恋人を事故で亡くしています」
桂山の言葉に、坂井は黙って頷いた。何処となくひんやりとしたものを纏うあの美貌の男性は、なかなか複雑なバックグラウンドを持っているらしい。
「哲学を専攻してるんですよ、それも彼が頭で考えることを優先する原因だと私は思っています」
「ああなるほど、哲学ですか……」
先日の高崎との会話を思い出しつつ、坂井は納得していた。
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