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それも、賢者のおくりもの
12月13日 18:30②
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桂山が頼りない訳では無いと坂井は感じる。初めて店を訪れてから今日までのやり取りを見る限り、彼はきちんとしていて常識的で、接していて安心で心地よい。高崎が桂山の手に余るのかも知れないが、あの独特な雰囲気を持つ男性を手懐けることが出来る人間は、なかなかいないのではないだろうか。
桂山さん、と坂井は口を開いた。
「時計を贈るというのは、同じ時間を相手と長く過ごして行きたいという、贈り手の気持ちを伝えることになります」
そうですか、と桂山は微笑した。
「じゃあ改めて彼にはそう言おうと思います……可笑しいですよね、私が先に死ぬとは限らないのに……まあ私ももし彼に先に逝かれたらと思うと、耐え難い気がしますが」
美紀がやって来て、時計を包装するべくそっと持ち去った。ラッピングも妻は得意で、おかげで坂井時計店は、ネットの口コミでプレゼント包装を綺麗にしてくれると密かに評価されている。
「高崎さんとそんな話をして、私も妻とこの先の話をしたんですよ」
坂井は桂山が古い時計をつけるのを見ながら、言った。
「確かにお互いに、相手に先立たれるのは辛いという話になりました、しかし何処かで、相手を見送ることになっても仕方のないことだという覚悟があります……」
「長い時間一緒にいらっしゃると、良い意味でそうなってくるということですか?」
桂山は真面目な面持ちで訊いてきた。はい、と坂井は応じた。
「だからお二人はまだまだこれからだということです」
時計をつけた左手首を撫でながら、桂山は笑顔になった。
「ほんとですよね、9月から一緒に暮らし始めたばかりですから」
「新婚さんじゃないですか、お二人とも落ち着いてらっしゃるから……」
「知り合ってからはもうすぐ丸5年になりますが、彼が3年半アメリカにいたのでブランクがあるんです」
高崎が帰国して、一緒に暮らし始めたということらしかった。男同士だから、今の暮らしに落ち着くまでに、きっといろいろあっただろう。
「……私は一度女性と結婚して失敗しています、彼に出会って恋愛の対象が同性だとわかったので……だからいろんな意味で彼は私にとって特別というか……」
桂山は静かに語ったが、その声には想いが沢山詰まっているように感じた。この人は本当に、あの美貌の男性が好きなのだ。大袈裟でなく、この人こそ、信仰に殉じた高山右近のように、高崎という一人の男性に殉じようとする者なのかも知れない。
「若い高崎さんの不安を薄めてあげられるといいですね」
坂井の言葉に、桂山ははい、ありがとうございます、と笑顔になった。
美紀がクラフトペーパーのシンプルな紙袋を持ち、奥から出てきた。
「お待たせしました、クリスマスのリボンをつけておきましたよ」
時計の作家はシンプルな包装紙をつけてくるので、美紀が季節や用途に合わせてリボンを選ぶ。今日はクリスマスプレゼントらしく、赤と緑の細いリボンを2本重ねて、小さな箱に巻きつけてあった。桂山は先がくるくると巻いたリボンに指先で触れて、美紀に不思議そうに訊く。
「これって結んでから加工するんですよね」
「簡単ですよ、ハサミか何かでしごくんです」
へぇ、なるほど、と感心する桂山を見て、美紀は満足そうだった。
「喜んでいただけるといいですね」
「はい、実はちょっと心配です」
「大丈夫ですよ、ふふふ」
お互いに同じ時計を贈り合うことになる二人のプレゼント交換を思ったのだろう、美紀は思わずと言った風に笑った。
桂山は分解清掃代を支払うと、お世話になりました、と丁寧に頭を下げて出て行った。彼とのやり取りは、今日で全て完了である。坂井はちょっと寂しさのようなものを覚えた。
「桂山さんは律儀そうだから、またいらっしゃるわよ」
美紀は坂井の胸の内を読んだかのように、そう言いながら片づけを始めた。彼女が点滅するLEDライトのスイッチを落とすと、窓に貼りつけられたサンタクロースやトナカイのオブジェが、店舗の内側に影絵になって見えた。
「うちはクリスマスに何か特別なことはするのか?」
「あらやだ、いつも何もしないじゃない」
「外に食事に出よう、たまには」
「まあ、どういう風の吹き回しなのかしらね? 私は大歓迎だけど」
夫婦の会話もいつになく弾んだものになるのだった。
桂山さん、と坂井は口を開いた。
「時計を贈るというのは、同じ時間を相手と長く過ごして行きたいという、贈り手の気持ちを伝えることになります」
そうですか、と桂山は微笑した。
「じゃあ改めて彼にはそう言おうと思います……可笑しいですよね、私が先に死ぬとは限らないのに……まあ私ももし彼に先に逝かれたらと思うと、耐え難い気がしますが」
美紀がやって来て、時計を包装するべくそっと持ち去った。ラッピングも妻は得意で、おかげで坂井時計店は、ネットの口コミでプレゼント包装を綺麗にしてくれると密かに評価されている。
「高崎さんとそんな話をして、私も妻とこの先の話をしたんですよ」
坂井は桂山が古い時計をつけるのを見ながら、言った。
「確かにお互いに、相手に先立たれるのは辛いという話になりました、しかし何処かで、相手を見送ることになっても仕方のないことだという覚悟があります……」
「長い時間一緒にいらっしゃると、良い意味でそうなってくるということですか?」
桂山は真面目な面持ちで訊いてきた。はい、と坂井は応じた。
「だからお二人はまだまだこれからだということです」
時計をつけた左手首を撫でながら、桂山は笑顔になった。
「ほんとですよね、9月から一緒に暮らし始めたばかりですから」
「新婚さんじゃないですか、お二人とも落ち着いてらっしゃるから……」
「知り合ってからはもうすぐ丸5年になりますが、彼が3年半アメリカにいたのでブランクがあるんです」
高崎が帰国して、一緒に暮らし始めたということらしかった。男同士だから、今の暮らしに落ち着くまでに、きっといろいろあっただろう。
「……私は一度女性と結婚して失敗しています、彼に出会って恋愛の対象が同性だとわかったので……だからいろんな意味で彼は私にとって特別というか……」
桂山は静かに語ったが、その声には想いが沢山詰まっているように感じた。この人は本当に、あの美貌の男性が好きなのだ。大袈裟でなく、この人こそ、信仰に殉じた高山右近のように、高崎という一人の男性に殉じようとする者なのかも知れない。
「若い高崎さんの不安を薄めてあげられるといいですね」
坂井の言葉に、桂山ははい、ありがとうございます、と笑顔になった。
美紀がクラフトペーパーのシンプルな紙袋を持ち、奥から出てきた。
「お待たせしました、クリスマスのリボンをつけておきましたよ」
時計の作家はシンプルな包装紙をつけてくるので、美紀が季節や用途に合わせてリボンを選ぶ。今日はクリスマスプレゼントらしく、赤と緑の細いリボンを2本重ねて、小さな箱に巻きつけてあった。桂山は先がくるくると巻いたリボンに指先で触れて、美紀に不思議そうに訊く。
「これって結んでから加工するんですよね」
「簡単ですよ、ハサミか何かでしごくんです」
へぇ、なるほど、と感心する桂山を見て、美紀は満足そうだった。
「喜んでいただけるといいですね」
「はい、実はちょっと心配です」
「大丈夫ですよ、ふふふ」
お互いに同じ時計を贈り合うことになる二人のプレゼント交換を思ったのだろう、美紀は思わずと言った風に笑った。
桂山は分解清掃代を支払うと、お世話になりました、と丁寧に頭を下げて出て行った。彼とのやり取りは、今日で全て完了である。坂井はちょっと寂しさのようなものを覚えた。
「桂山さんは律儀そうだから、またいらっしゃるわよ」
美紀は坂井の胸の内を読んだかのように、そう言いながら片づけを始めた。彼女が点滅するLEDライトのスイッチを落とすと、窓に貼りつけられたサンタクロースやトナカイのオブジェが、店舗の内側に影絵になって見えた。
「うちはクリスマスに何か特別なことはするのか?」
「あらやだ、いつも何もしないじゃない」
「外に食事に出よう、たまには」
「まあ、どういう風の吹き回しなのかしらね? 私は大歓迎だけど」
夫婦の会話もいつになく弾んだものになるのだった。
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