たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
75 / 237
第2章 再会編

24、お前といてもいいんだよな?

しおりを挟む

 突然の私の発言に、母もたっくんも「えっ? 」と口を開けて、何を言ってるんだという表情かおをした。

 これから私が言うことで、このたっくんの顔を怒りに変えるのかと思うと、背中にひんやりとした汗が流れ出し、この場から逃げ出したくなった。

 だけど、私はもう口に出してしまったんだ。
 一度出した言葉を引っ込めることは出来ない。
 だから私は覚悟を決めて一気に吐き出した。

「たっくん、ごめんね。児童相談所の人と話し終わった後で、警察のおじさんに聞かれたの。『穂華さんが、いいお母さんだったと思う?  』、『君は穂華さんのことが好きだった? 』って」

 ここまで言ってから、私はチラッとたっくんの顔色を伺った。
 この先の言葉を口にするには勇気が必要だ。

 だって私はたっくんの大切な母親を……

「私、『分かりません』って、そう答えた。だって私は……穂華さんを憎いと思っていたから」

 言い終えた途端、全身が震え出し、涙がこぼれた。

「ごめんね……私が……上手く言えなかったから……たっくんは逃げなきゃいけなくなったんだ……。 私は……たっくんに嘘をついて…… 」

 憎むべきは、呪うべきはたっくんじゃなくて自分自身だった。
 自分で自分の首を絞めておいて、よくも被害者づらが出来たものだと思う。

 こんな私がたっくんの隣にいたいだなんて……。


「……良かった」
「えっ? 」

 たっくんのこぼした言葉に耳を疑った。
 良かった? 何が?

「それじゃあ、小夏は警察に嘘をつかずに済んだんだな」
「たっくん…… 」

 勇気を出して隣を見ると、怒りの形相ぎょうそうをしているはずのたっくんが、頬をゆるめて穏やかに微笑んでいる。

「たっくん……どうして? 私は…… 」

 私の言葉をさえぎるように、たっくんが言葉を続ける。

「俺さ、小夏と離れ離れになってからも1人でいろいろ思い出しては考えてたんだ。あの時、俺の都合で小夏に嘘をつかせただろ?  警察の前で嘘をつくなんて、真面目で馬鹿正直な小夏には辛かっただろうな……ずっと気にしてるんじゃないかな…… って」

 たっくんは私の三つ編みをいつものように手に取って指先で撫でながら、フッと鼻で笑った。

「考えてみれば分かることなのにな。小夏が俺の母さんをかばいたいはずがないんだ。母さんがアイツを家に連れ込んだせいで、俺たちの生活は滅茶苦茶になって、小夏を何度も泣かせることになって……こんな傷まで作って」

 三つ編みから手を離すと、私の前髪を掻き分けて傷痕を見つめる。青い瞳に悲しみの色が浮かんだ。

「なのに俺は、自分の気持ち優先で……。あの時のことをずっと後悔してたんだ。だから小夏、お前は謝らなくていいんだ。俺なんかのために、もう泣くなよ」

 髪から離れた指が、そのまま私の涙を拭う。

 たっくんの優しい言葉が、指先が、笑顔が嬉しくて……悲しみの涙は、安堵あんどのそれへと変わった。

 みっともなく泣き続ける私を尻目に、顔を見合わせてクスッと笑った母とたっくんに腹が立って、でもやっぱり嬉しくて……私はますます大声をあげて泣き出した。





「今日はご馳走様でした」
「ええ、またいらっしゃい」

 たっくんを見送りに母と一緒に玄関の外まで出ると、たっくんは礼儀正しくペコリと頭を下げて、笑顔を見せた。

「私、駅まで送って行くよ」
「いいよ、暗いし危ない」

「それじゃ、そこの曲がり角まで。お母さん、いいでしょ? 」
 
 振り返ると、母が笑顔で頷いた。

 自然に手を繋ぎ、並んで歩き出す。

「俺……早苗さんに合わせる顔がないと思ってた」
「えっ、どうして? 」

「どうしてって……散々迷惑をかけて、小夏に怪我までさせて、最後は全部丸投げしてアパートから逃げ出したからさ。憎まれてもおかしくないと思ってた。それが、こんなに暖かく迎えて貰えるなんて……」

 鼻をスンとすすってから、 「良かった…… 」と呟いた。

「そう言えば…… 」

 たっくんが急に立ち止まって、私の顔を見る。

「早苗さんから返事を貰えてなかったけど、俺たちが付き合うのって反対されてないよな? 」
「えっ? 」

「俺はお前といてもいいんだよな? 」

 心配そうに顔を覗き込んでくるたっくんが愛しくて、私はその手を両手で包み込んで、「うん」と頷く。

「当然でしょ。たっくんは昔からお母さんのお気に入りなんだから。憎んでる相手に、あんな特上の霜降しもふり肉なんか買ってこないよ」

「そっか……良かった~ 」

 たっくんはハ~ッと安堵あんどの息を吐くと、今度は「それじゃ今日から早苗さん公認だな」とニッと笑い、私の手を引き歩き出す。

「えっ? あっ、ちょっと! 」

 急に早足でグイグイ引っ張られ戸惑っていると、曲がり角を曲がって狭い路地に入った途端、グイッと抱き寄せられた。

「今、めちゃくちゃ小夏にキスしたい気分なんだけど……いい? 」

 耳元で囁かれてボッと顔が熱くなる。 
 恥ずかしい……けれど私は、拒否する理由も誘惑にあらがうだけの強い意志も持ち合わせていなかった。

 だから私はコクリと頷いて……閉じた瞼にそっとたっくんの唇が降ってきて、続いてそれが私の唇に触れた。


 黒くて長い影が重なる曲がり角。
 柔らかい感触と甘い吐息に恍惚こうこつとしながら、私は今、心から幸福しあわせだと思った。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...