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第2章 再会編
24、お前といてもいいんだよな?
しおりを挟む突然の私の発言に、母もたっくんも「えっ? 」と口を開けて、何を言ってるんだという表情をした。
これから私が言うことで、このたっくんの顔を怒りに変えるのかと思うと、背中にひんやりとした汗が流れ出し、この場から逃げ出したくなった。
だけど、私はもう口に出してしまったんだ。
一度出した言葉を引っ込めることは出来ない。
だから私は覚悟を決めて一気に吐き出した。
「たっくん、ごめんね。児童相談所の人と話し終わった後で、警察のおじさんに聞かれたの。『穂華さんが、いいお母さんだったと思う? 』、『君は穂華さんのことが好きだった? 』って」
ここまで言ってから、私はチラッとたっくんの顔色を伺った。
この先の言葉を口にするには勇気が必要だ。
だって私はたっくんの大切な母親を……
「私、『分かりません』って、そう答えた。だって私は……穂華さんを憎いと思っていたから」
言い終えた途端、全身が震え出し、涙が溢れた。
「ごめんね……私が……上手く言えなかったから……たっくんは逃げなきゃいけなくなったんだ……。 私は……たっくんに嘘をついて…… 」
憎むべきは、呪うべきはたっくんじゃなくて自分自身だった。
自分で自分の首を絞めておいて、よくも被害者面が出来たものだと思う。
こんな私がたっくんの隣にいたいだなんて……。
「……良かった」
「えっ? 」
たっくんの溢した言葉に耳を疑った。
良かった? 何が?
「それじゃあ、小夏は警察に嘘をつかずに済んだんだな」
「たっくん…… 」
勇気を出して隣を見ると、怒りの形相をしているはずのたっくんが、頬を緩めて穏やかに微笑んでいる。
「たっくん……どうして? 私は…… 」
私の言葉を遮るように、たっくんが言葉を続ける。
「俺さ、小夏と離れ離れになってからも1人でいろいろ思い出しては考えてたんだ。あの時、俺の都合で小夏に嘘をつかせただろ? 警察の前で嘘をつくなんて、真面目で馬鹿正直な小夏には辛かっただろうな……ずっと気にしてるんじゃないかな…… って」
たっくんは私の三つ編みをいつものように手に取って指先で撫でながら、フッと鼻で笑った。
「考えてみれば分かることなのにな。小夏が俺の母さんを庇いたいはずがないんだ。母さんがアイツを家に連れ込んだせいで、俺たちの生活は滅茶苦茶になって、小夏を何度も泣かせることになって……こんな傷まで作って」
三つ編みから手を離すと、私の前髪を掻き分けて傷痕を見つめる。青い瞳に悲しみの色が浮かんだ。
「なのに俺は、自分の気持ち優先で……。あの時のことをずっと後悔してたんだ。だから小夏、お前は謝らなくていいんだ。俺なんかのために、もう泣くなよ」
髪から離れた指が、そのまま私の涙を拭う。
たっくんの優しい言葉が、指先が、笑顔が嬉しくて……悲しみの涙は、安堵のそれへと変わった。
みっともなく泣き続ける私を尻目に、顔を見合わせてクスッと笑った母とたっくんに腹が立って、でもやっぱり嬉しくて……私はますます大声をあげて泣き出した。
*
「今日はご馳走様でした」
「ええ、またいらっしゃい」
たっくんを見送りに母と一緒に玄関の外まで出ると、たっくんは礼儀正しくペコリと頭を下げて、笑顔を見せた。
「私、駅まで送って行くよ」
「いいよ、暗いし危ない」
「それじゃ、そこの曲がり角まで。お母さん、いいでしょ? 」
振り返ると、母が笑顔で頷いた。
自然に手を繋ぎ、並んで歩き出す。
「俺……早苗さんに合わせる顔がないと思ってた」
「えっ、どうして? 」
「どうしてって……散々迷惑をかけて、小夏に怪我までさせて、最後は全部丸投げしてアパートから逃げ出したからさ。憎まれてもおかしくないと思ってた。それが、こんなに暖かく迎えて貰えるなんて……」
鼻をスンとすすってから、 「良かった…… 」と呟いた。
「そう言えば…… 」
たっくんが急に立ち止まって、私の顔を見る。
「早苗さんから返事を貰えてなかったけど、俺たちが付き合うのって反対されてないよな? 」
「えっ? 」
「俺はお前といてもいいんだよな? 」
心配そうに顔を覗き込んでくるたっくんが愛しくて、私はその手を両手で包み込んで、「うん」と頷く。
「当然でしょ。たっくんは昔からお母さんのお気に入りなんだから。憎んでる相手に、あんな特上の霜降り肉なんか買ってこないよ」
「そっか……良かった~ 」
たっくんはハ~ッと安堵の息を吐くと、今度は「それじゃ今日から早苗さん公認だな」とニッと笑い、私の手を引き歩き出す。
「えっ? あっ、ちょっと! 」
急に早足でグイグイ引っ張られ戸惑っていると、曲がり角を曲がって狭い路地に入った途端、グイッと抱き寄せられた。
「今、めちゃくちゃ小夏にキスしたい気分なんだけど……いい? 」
耳元で囁かれてボッと顔が熱くなる。
恥ずかしい……けれど私は、拒否する理由も誘惑に抗うだけの強い意志も持ち合わせていなかった。
だから私はコクリと頷いて……閉じた瞼にそっとたっくんの唇が降ってきて、続いてそれが私の唇に触れた。
黒くて長い影が重なる曲がり角。
柔らかい感触と甘い吐息に恍惚としながら、私は今、心から幸福だと思った。
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