85 / 237
第2章 再会編
34、こんなトコで何やってんだよ?!
しおりを挟むその夜は午後7時を過ぎた頃から静かに小糠雨が降り出していた。
一旦玄関を開けた私は慌てて中に戻り、傘立てからお気に入りの水色の傘を取り出すと、バッと勢いよく開いて表へ飛び出した。
借りてきた黒いパンプスにパシャンと水が跳ねたのが気になって一旦立ち止まったけれど、またすぐに歩き出した。どのみち濡れてしまうのだ。
清香に靴を返す時には、何か御礼の品を添えて渡そう……そう考えながら、街灯の下を駅へと向かった。
今日の放課後、校門で紗良さんと別れた私は、そのまま踵を返して部室へと戻った。
「ねえ、大人っぽい格好ってどうすればいい? 」
私がたっくんのバイト先に行くつもりだと言うと、『夜遅くにそんな所に行くのは危険だ』と、司波先輩と清香が反対した。
だけど、 私の決意が固かったことと、千代美の、
『でも、行かなかったら小夏はずっとグズグズ悩み続けるじゃん。それに、バイト先には和倉くんがいるんでしょ? 彼は小夏が危なかったらちゃんと守ってくれる気がする』
という言葉で、賛成へと傾いた。
『そりゃあ大人っぽいと言えば黒色でしょ! 』
司波先輩の安直な説を信じた訳ではないけれど、自分の持っている洋服の中で一番大人っぽいと思われるのが黒いタイトミニだったので、それに白いカットソーを合わせ、上に黒いデニムジャケットを羽織って行くことにした。
*
『 Shot Bar escape』は、私の最寄駅から電車で6駅、たっくんのアパートからは2駅の繁華街にあって、飲み屋やキャバクラなどの看板が立ち並ぶ賑やかな通りから細い路地を奥に入ったビルの1階にある、隠れ家的な小さいお店だった。
海外の古い家にありそうな、金属の飾りと輪っかが付いた木製の扉に、紗良さんから貰ったカードと同じような、黒字に金色で『escape 』と書かれた小さめのプレートが飾られている。
ーー お母さんの帰りが遅い日で良かった……。
今日、母は会社に新しく入った新人2人を連れて飲みに行くと言っていた。
こういう日は、大抵帰りが午後10時を過ぎる。
つまり私は、それまでに帰らなくてはいけない……ということだ。
水色の傘を閉じて入口の横に立て掛け、 ギッという古めかしい音をさせながら扉をそっと開くと、中からゆったりとしたジャズが流れてきた。
カウンターの向こう側で、長髪を後ろで結び、あご髭を生やした20代後半くらいの男性がシェイカーを振っているのが見える。
そしてその男性の向こう側、カウンターの奥の方に、たっくんの姿を見つけることが出来た。
たっくんは、カウンターに座っている女性のタバコにライターで火をつけているところで、顔を近づけて、何やらクスクス囁き合っている。
それを見た途端、心臓に黒いヘドロを流し込まれたように不快な感情がドロッと湧き上がってきた。
最初に私に気付いたのはあご髭の男性で、 たっくんは彼に、『おい、お前のツレ? 』と言うように肘で脇を突かれ、何気ない感じでフッと顔を向けた。
その瞬間、薄笑いの表情が凍りついて、目だけが大きく見開かれた。
たっくんは弾かれたようにカウンターから飛び出すと、私の手首を掴んで強引に外に引っ張り出した。
そこで雨が降っていることに気付くと、今度はチッと舌打ちしながら私を中に引っ張り込み、「リュウさん、ちょっと中を借ります」と言って奥に連れ込む。
カウンターのすぐ裏側の部屋は、物置兼、休憩室のような感じで、4畳ほどの狭い空間に、洋服がまばらに掛かったパイプハンガーに事務用ロッカー1つ、長方形の折りたたみテーブルとパイプ椅子2個が、飲み物の瓶や段ボール箱に囲まれた状態で置かれている。
テーブルの上には煙草の吸い殻が入った黒い灰皿が置いてあって、『これってあの人の吸い殻なのか、たっくんのなのか』と一瞬考えた。
だけど、その答えを見つける前にたっくんに一喝され、私は肩をすくめて俯くことになった。
「バカヤロウ! お前こんなトコで何やってんだよ?! 」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる