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第3章 過去編 side 拓巳
5、もう好きになってたんだ
しおりを挟む人生にはいくつもの『もしも』があるけどさ、俺にとっての人生最大で最重要な『もしも』は、小夏との出会いだよ。
『もしも』俺たちのどちらかがあそこに引っ越して来なかったら。
『もしも』俺たちが隣同士じゃなかったら。
『もしも』同じ保育園じゃなかったら。
俺たちの関係はもっと違うものになっていただろうな。
いや、それ以前に、お互いの存在を知らないまま、 街角でただすれ違うだけの他人だったかも知れないんだ。
それを考えると背中がゾクリと冷えるけれど、逆に、俺たちをこうして運命的に出会わせてくれた神さまに、心から感謝してるんだ。
無神論者なのにな、可笑しいだろ?
*
新しく『鶴ヶ丘保育園』年長組に入ってきた『折原小夏』は、ちょっと変わった女の子だった。
最初は『お試し保育』の初日で緊張してるのかと思ったけれど、どうもそう言うのとは違って、他人と無理に交わろうとしないというか、女の子特有の『仲良しこよし』というのに無頓着な感じで、いきなり浮いている感じがあった。
それは後に小夏を知っていくうちに、彼女が自分の世界観をしっかり持っていて、群から離れることを恐れない強さだと知ったんだけど、その時はとにかく、なんか気になってずっと目で追っていたんだ。
それが金曜日の話。
日曜日に公園で偶然出会って、いきなり『たっくん』とか呼ばれて、やっぱりコイツは変わってるな…… って思った。
ぼ~っと突っ立ってるから、何の気なしに砂遊びに誘ってみたら、大喜びするでも嫌がるでもなく黙って砂場にしゃがみ込んで、俺に言われるままにペチペチ砂を固めだした。
ニコニコするでもなく、黙々と俺の言う通りに作業を続けてるから、嫌々俺に付き合ってんのかな? ……なんて思ったけれど、トンネルが繋がって指が触れた瞬間に『出来た!』って俺をみた時の笑顔は本当に嬉しそうで、そのとき俺は、『ああ、嫌がられてなくて良かった。コイツを誘って良かったな』って、すごくホッとしたんだ。
そのあと小夏と俺がお隣さんだったって分かって、早苗さんに優しくしてもらって、 『小夏』って名前で呼ぶようになって……。
もうその時には、『小夏』が世界で一番気になる女の子になっていた。
それからの俺は、もう小夏が気になって気になって仕方なくて、とにかく馬鹿みたいに構いまくった。
小夏は他の女の子みたいにベタベタくっついてきたり媚びたりもしない代わりに、誘えば素直についてくるし、側にいることを拒まない。
例えば彼女が1人で空想の世界に浸っている時に俺が割り込んでも、すんなりその世界に招き入れ、 話を共有してくれる。
俺が他の子達と遊ぶのを嫌がらないし、追いかけても来ないけれど、俺が戻って来たら、黙ってすんなり受け入れる。
最初はそんなところが気楽でもあり、不思議でもあったんだけど、そのうちそれが、彼女の自信のなさの現れであると分かってきた。
何故なら、ある日小夏から離れて他の子とサッカーをしに行く時にふと振り返ったら、小夏が俯いて、凄く寂しそうな顔をしていたから。
そして、俺が慌てて戻ったら、顔をぱあっと明るくさせて、ニコニコと話をし出したから。
その時に俺は思ったんだ。
『ああ、この子は、自分には俺を呼び止める権利が無いと思っている。自分からは俺に近付いちゃいけないと思い込んでる』……って。
だから、俺は決めたんだ。
これからは俺がしっかり小夏を見ててやろう。
小夏が俺のそばにいる事が当然なんだって事を、俺がアイツに教えてやるんだ……って。
鬼ごっこが流行った時に俺が言った、
「小夏、お前、俺の家来になるか? 」
っていうあの言葉。
あれは俺からの精一杯の告白だ。
『お前が好きだから一緒にいてくれ』とか、『一生離さない』とか、
今ならもうちょっと気の利いたセリフが言えるんだろうけど、あの頃の俺にはあれが目一杯の愛情表現だったんだ。
正直言えば、あの時オマケみたいに言ってた、『小夏、お前、俺のもんになる? 』の方が、俺が本当に言いたかったこと。
うん。だからつまり、そういうことだったんだよ。
その頃には、俺はもう小夏のことを好きになってたんだ……。
『なんで? 』とか、『そんな早く? 』とか言われても、俺にもよく分からないよ。
とにかく、自分でもビックリするほどストンとハマっちゃったんだ。
つまりはコレが、『運命』って事なんじゃないの?
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