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第3章 過去編 side 拓巳
28、黒い瞳の転校生
しおりを挟む弁護士さんたちを交えた話し合いは長々と続いていた。
『分割協議』だとか、『合意書にサイン』だとか『遺留分の返還』だとか難しい言葉が多くて良く分からなかったけれど、弁護士さんが母さんの相続分を預かってくれていて、それを放棄しろと言う伯父さんと、拒否する母さんで揉めている…… と言うのはなんとなく理解出来た。
「これは迷惑料だ! お前があんな青い目の子を産んで出てって、俺や父さんたちがどれだけ肩身の狭い思いをしたと思ってるんだ! 」
「そんなの関係ないでしょ! 」
「関係ある! お前が苦労をかけたせいで、親父は早死にしたんだ! 葬儀の費用がいくら掛かったと思ってるんだ! 」
そんな会話が聞こえてきて、 心臓がギュッと苦しくなった。開き戸の向こうの全員から自分が責められているような気がする。
母さんが酔った時にポツリポツリと漏らしていた話の断片が、少し繋がった気がした。
ーー母さんは、俺が生まれたせいで家に居辛くなって、大好きだった家を離れたんだ……。
「何よ、自分だって散々迷惑かけてたくせに! 高校の時だって洋子さんが親を連れて家に怒鳴り込んできて…… 」
「穂華さん! そんな昔の話を持ち出すなんて卑怯よ! 」
廊下の隅に座り込んで膝を抱えていたけれど、会話の内容が罵り合いだけになった所で、俺はフラリと立ち上がって、階段を上って行った。
ーーこんなの聞いてたって意味がない……。
その後も数回に渡って話し合いがされたようだけど、俺はもう立ち聞きする気にはなれなかった。
結局、幾らかの財産分与は行われたようだけど、母さん的には不満が残ったらしく、後々まで文句を言っていた。
でも、俺にはそんなのどうでも良かった。
『俺の青い目は、愛すべきアジュールブルーなんかじゃなくて、この家に不幸をもたらしただけ』
分かったのは、ただそれだけ。
*
「え~と、今日は転校生を紹介するぞ。月島くん、自分で自己紹介出来るかな? 」
「はい」
俺は黒板に大きく自分の名前を書くと、皆の方を振り返って、とびきりの笑顔で挨拶をした。
「月島拓巳です、横浜から来ました、よろしくお願いします」
途端に女子が目を合わせてキャッキャし出して、男子もおおっ!という顔をする。
「月島くんは、月島幸夫くんの親戚です。同じ苗字で紛らわしいから、これからは2人を幸夫くんと拓巳くんって名前で呼ぶことにします。それじゃあ拓巳くん、幸夫くんの後ろの席に座ってくれるかな? 」
「はい」
後ろから2番目の席に向かって歩き出すと、幸夫が小さく手を振ってきたので、俺も胸の前で手を振って席に着いた。
転校生なんて特に珍しくもないだろうけど、もうすぐ今年度も終わりに差し掛かっている2月中旬に学校を変わって来るなんて、やっぱり目立つんだろう。
HRが終わると、途端にクラスメイトがわらわら集まってきて、一斉に質問責めにあった。
「ねえ、月島くんって、月島くん……じゃなくて、幸夫くんの親戚なの? 」
「うん、親同士が兄妹なんだ」
「どうして引っ越してきたの? 」
「父さんが車の事故で死んで、母さんの実家に戻ってきたんだ」
「ふ~ん、大変だったんだね」
「うん、飲み会から帰る途中で、信号無視のトラックにはねられたんだ」
「そっか……引っ越してきたばかりで大変だろうけど、私で出来ることがあったら言ってね」
「ありがとう、優しいね」
ニッコリ微笑みかけたら、その子はポッと頬を染めて、隣にいた女の子と目配せし合う。
「おい、門倉、お前いきなり転校生狙いかよ! 」
俺を囲んでいた生徒の1人がいきなり茶化しだす。
「そんなんじゃないよ! 転校生には親切にしなさいって先生が言ってたでしょ! 」
「だけどよ~、お前、赤くなってんじゃん! 」
「もう、うるさいっ! 」
ーーお前らみんなうるさいよ。
こんな時、小夏だったら放っておいてくれた。
こんな風にギャーギャー質問責めにしないし、取り巻きの輪にも入ろうなんてしなかった。
アイツはこんな黒い瞳の俺になんて……絶対にうっとりしない。
ニコニコと愛想笑いを振りまきながら、俺は自分の心がどんどん冷めていくのを感じていた。
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