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第3章 過去編 side 拓巳
29、新しい生活
しおりを挟む「なあ拓巳、どうしても青い目を隠さなきゃダメなの? カッコ良かったのに」
「カッコ良くなんかないよ。あんなの変に目立って騒がれるだけだ」
「やっぱり……うちのお父さんとかお母さんが何か言ったんだよな。ごめんな」
「幸夫が謝ることじゃない。うちの母さんもそっちの親にひどいことを言ってるし」
「兄妹なのに、本当に仲が悪いんだな」
「……だな」
転校初日の帰り道、細い通学路を幸夫と並んで歩きながら、お互いの親のことをポツポツと話していた。
驚くことに、こっちの学校では集団登下校が無くて、親が車で送迎している生徒が多かった。
俺たちの家は学校から比較的近かったから徒歩通学だけど、1年生の光夫は授業が早く終わって先に帰っているので、帰りは幸夫と2人だけだ。
俺と母さんが月島家の離れに住み始めてから、約2週間が経っていた。
学校に通い始めるまでにこんなに間が空いたのは、母さんが住民票を今の住所に移すのを嫌がったから。
俺は理由が分かっているから仕方ないと思ったけど、納得出来なかったのはお祖母ちゃんだった。
「子供を小学校に通わせるのは当然でしょう! 早く転入届を出して、入学手続きを済ませてらっしゃい! 」
1週間くらい前からせっつかれて、母さんは仕方なく役場へと向かった。
その数日前から、「またここを離れるかも知れないから、荷物はまだタンスに入れちゃダメよ」と言われていたから、もしかしたらまた逃げ出すことになるのかな……って覚悟していたけれど、今こうして普通に学校に通えてるってことは、児童相談所も警察も、何も言ってきてないんだろう。
前に早苗さんが言ってた通り、管轄外になったら追っては来ないのかも知れない。
外に出る時に黒いコンタクトレンズをするように勧めたのは、他でもない、お祖母ちゃんだった。
正確には、『洋子さんから言わされた』んだけど。
最初にその話を聞いた時、母さんは烈火の如く怒りまくった。
「コンタクトレンズですって?! どうせあの性悪女が言い出したんでしょう?! 」
「私も反対したんだけどね……でも、それがあなた達がここに住む条件だって…… 」
「はぁ? なんで自分の母親と住むのに洋子さんの許可が必要なのよ! あの女、自分の息子がブサイクだからって妬んでるのよ! 拓巳の方が数倍イイ顔をしてるから! 」
母さんと洋子さんは、初日のバトル以降、完全にお互いを敵認定していて、一切関わらないようにしている。
母屋と離れで交流を持たないのは勿論、要件は全てお祖母ちゃんを通じて伝えてくるものだから、間に挟まれてオロオロしているお祖母ちゃんは、見てて可哀想になるくらいだ。
「穂華、お願いだからこれ以上、洋子さんと揉めないでちょうだい! 」
ここに来てからもう何度も聞かされたお約束のセリフをお祖母ちゃんが口にすると、これまたお約束のように母さんが反発した。
「なんであの女にそこまで気を遣わなきゃならないのよ! あんな女…… 」
「いい加減にしなさい! 」
いつも穏やかなお祖母ちゃんの怒鳴り声に、母さんも俺もビクッと肩を竦ませた。
「穂華、 お父さんが生きてた頃とはもう違うの。 月島家の主人は敏夫で、家計を握ってるのは洋子さん。私はいずれ、あの2人に面倒を見てもらわなきゃいけない身なの。お願いだから言うことを聞いてちょうだい。洋子さんの機嫌を損なわないで! 」
「面倒を見るって……私がいるじゃない」
「あなたはね、一度は家を捨てて出て行った人間なのよ。悪いけどね、お母さん、あなたのことを信用していないの。あなた、一生ここにいるつもり? 」
「そんなの……分からないわよ」
「そうでしょう? そりゃあ実の娘は大事だし可愛いわ。あなたがそばにいてくれたら嬉しいし心強い。だけどね、これから家を守っていくのも、私の葬式の喪主を務めるのも、長男である敏夫なのよ。穂華じゃないの」
「だからって…… 」
お祖母ちゃんは涙ぐみながら、母さんの肩を抱いて、グッと力を込めて揺らした。
「私だって……あなた達にこんなことを言うのは辛いのよ。だけど、敏夫たちが世間体を気にするのも仕方ないの。あの子たちはこの土地でずっと生きていくんだから…… 」
「お祖母ちゃん、俺、コンタクトレンズをしてもいいよ」
俺が母さんの代わりに答えたら、母さんもお祖母ちゃんも、ビックリした顔で俺を見た。
だけど同時に、2人ともホッとしているようにも見えた。
「拓巳?! あんた……それでいいの? 」
「うん、俺は全然構わないよ。コンタクトってなんかカッコいいし、俺も新しい学校で目立ちたくないし」
「……そう。拓巳がいいって言うのなら…… 」
ーーいいも悪いも、それしか選択肢が無いじゃないか。
俺が拒否したらお祖母ちゃんが洋子さんから責められるし、俺たちはここにいられなくなるんだろ?
だから、俺が言い出すのが一番いいんだよな?
良かったな、2人とも良心が痛まずに済んで。
俺は翌日、母さんとお祖母ちゃんに連れられて、わざわざ隣町の眼科まで行って、黒い目のコンタクトレンズを注文してきた。
『青い目のせいで、前の学校でイジメを受けて…… 』
なんてもっともらしい理由を語ったら、眼科医は疑いもせず、むしろ同情して、処方箋を書いてくれた。
その帰り道、そのまま隣町の商店街に寄って、俺たちの新しい洋服や食器など、生活用品一式をまとめ買いして帰って来た。
母さんは久し振りの買い物が余程嬉しかったようで、セレクトショップやブティックを次々と覗いては、今すぐには必要無さそうなブーツやアクセサリーまで大量に購入していた。
支払いは全部お祖母ちゃんだった。
こうして、ここ横須賀での新しい生活が、本格的に始まった。
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