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第4章 束の間の恋人編

17、いつか本物も貰ってくれる?

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「小夏っ、走るぞ!」
「うん!」

 電車のドアが開くと同時に全力ダッシュ。隣でゆっくりと動いているエスカレーターを横目に見ながら階段を駆け上がって行く。

「急げ!」
「急いでる!」

 そもそも脚の長さが違うんだから、いくら手をグイグイ引っ張られても、私がたっくんと同じ速さで走れるはずが無い。


 リュウさんから貰ったチケットの映画の上映時間は午後12時5分で、現在時刻は午前11時58分。
 いくら走ればギリ間に合うと言っても、映画館まで徒歩10分の距離をずっと走り続けるのは無理というものだ。

「たっくん……もう…無理。走れない……先に行って……」

 ハアハア言いながら膝に手をついて立ち止まったら、たっくんが心配そうに顔を覗き込んで、「背負ってやろうか?」と真顔で聞いてきた。

 冗談抜きで本当にやりそうだったから、慌てて首を横に振る。

「小夏だけ置いて先に行けるはず無いだろ。元はと言えば俺のせいで寝過ごしたんだし」

「……そうだよね」
「うん……そうだよな……ゴメン」

 昨夜はアパートに帰ってすぐにキスをしてシャワーを浴びると、そのまま布団の中でイチャイチャしてから抱き合って眠った。時計は見ていなかったけれど、たぶん明け方近くになっていたと思う。

 たっくんのスマホの目覚ましを午前10時にセットしていたのに、彼はアラームが鳴った時に速攻で止めたらしい。
 目が覚めた時にはもう11時を過ぎていて、慌てて飛び起きて身支度を整えた。朝食も食べていない。

「俺、アラームを止めた記憶さえ無くてビックリだよ」

「疲れてたんだから仕方ないよ。昨日は学校に行って、『escape』に行って、朝美さんと遭遇して……本当にいろいろあったもん」

「いや、俺的にはそっちじゃたいして疲れてないけどな。そのあと調子に乗って小夏を可愛がり過ぎたのが体力消耗の原因だな。俺、めっちゃガッついてたし」

「ガッつ…?! 公共の場でそういう発言は控えて下さい!」

「ハハッ。でもさ、俺ガッついてただろ?身体シンドくない?やっぱ背負ってやろうか?」

「結構です!それに……たっくんは優しかったから……大丈夫だし」

「…………ハァ~ッ…」

 たっくんは両手で顔を覆うとその場にしゃがみ込んで、これでもかというくらい大きな溜息をついた。

「マジで勘弁してくれ……」
「えっ? なんかよく分からないけど、ゴメン」

「いや、小夏が謝る事じゃないんだ。そうじゃないんだけど……やっぱり小夏が悪い」
「ええっ? なんなの?!」

 たっくんがコンビニ前のヤンキーみたいにしゃがみ込んだまま、恨めしげに見上げて来る。

ーーええっ、怒ってる?!

「そんな可愛いこと言われたらさ……映画なんかどうでも良くなって、このままどこかに連れ込みたくなるだろっ?! 分かれよ!」

ーーはあっ?

 何を言ってるんだ、この人は!

「そっ……そんなの分かんないよ! ば……鹿じゃないの?!」

「ハハッ……俺さ、小夏の『馬鹿じゃないの!』も結構好き」

「はあっ? 本当に馬っ……もういい!映画!映画に行くよっ!」

 私が先に立ってスタスタ歩き出したら、横に追いついたたっくんが、バッと私の手を取って、指を絡めてきた。

「へへっ、どうせもう遅刻だからさ、恋人繋ぎでゆっくり行こうよ」

 素直に喜ぶのも悔しいから、前を向いて素知そしらぬ顔で歩き続けたけれど、チロッと横を見たら、たっくんがこの上ないほど目を細めてニコニコしてるから……私も釣られてヘラッと笑った。

 2人でブンブン手を振りながら映画館に入ると、映画の予告もあったからか、お目当ての映画は冒頭を少し見逃しただけで済んだ。

 映画は大人のすれ違い系ラブストーリーで、あのリュウさんが私たちのためとはいえ、こんなベタなラブストーリーのチケットを予約したのかと、たっくんと2人でフフッと笑ってしまった。

「小夏、まだ時間はあるんだろ?」
「夕食までに帰れば大丈夫だと思う」

「それじゃ買い物に付き合って」
「うん、いいよ」

 映画館でポッポコーンやホットドッグを食べた私たちは特にお腹も空いて無かったので、そのまま駅に併設されているショッピングセンターへと向かう。

「俺、ペアシートって初めてだったけど、アレいいな」
「うん、広々してるし、快適だよね」

「ぴったりくっつけるしな」
「……ね」

 そんな雑談をしながら歩いていたら、たっくんが急に立ち止まった。彼が見ている視線の先を辿ったら、そこはジュエリーショップ。

「行くぞ」
「えっ?」

 グイッと手を引いて店内に入ると、
「予算3万円でペアリングを探してるんですけど」

 店員さんにそう言って、若者向けのブランドのコーナーに案内してもらう。

「小夏はどれがいい?」

 ガラスのショーケースを上から覗き込みながら聞かれて、どういう事かと戸惑っていたら、

「お揃いのリングを買おうよ。小夏が選んで」

 サラッと言われて驚いた。

「えっ、ちょっと待って!」

 店員さんにピョコっと頭を下げてたっくんを店の外に連れ出すと、腕を掴んで問い詰める。


「たっくん、プレゼントならこの前洋服を買ってもらったよ。たっくんは独立資金を貯めてるんでしょ?だったら無駄遣いはダメだよ」

「無駄遣いじゃないよ」
「えっ?」

 だってたっくんは、1人で生活するためにバイトをしていて、通帳のお金にもなるべく手を付けないようにしていて……。

「うん、確かにこの前までは、和倉の家から独立するためにバイトしてたんだけど……今の俺にとっての『独立』はさ、いつか小夏と一緒に住むための『自立』って意味で……それで指輪は、その手付金というか、俺のモンだっていう印というか……」

 そこまで言うとたっくんは、私をバッと抱き締めて、耳元で囁くように言った。

「俺、ずっと小夏といたいんだ。小夏との未来を予約しておきたい。いいだろう?」

「……私が受け取ってもいいの?」

「貰ってよ。今は安物しか贈れないけど……いつか本物も貰ってくれる?」

 涙を堪えながら、黙ってコクコク頷いたら、たっくんがフワッと柔らかく微笑んで私の手を引いた。

「それじゃ、改めて。指輪を買いに行くぞ」
「はい」

 先を歩くたっくんの背中を見ながら、私は慌ててグイッと目を拭った。

 2人の大切なリングを選ぶのに、にじんだ視界じゃ失礼だ。

 私たちの未来の約束は、笑顔でめるのが相応ふさわしい。
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