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第5章 失踪編
16、愛すること、それは行動することだ
しおりを挟む13時57分発の『のぞみ』は、東へ向かって順調に走り続けていた。
どんどん流れていく窓の外の景色を眺めていたら、どこかから母子の『富士山が見える!』という声が耳に飛び込んで来る。
慌てて首を伸ばしてみたけれど、反対側の座席だったから、残念ながら良く見ることが出来なかった。
ーーいいんだ。今度たっくんと一緒に見るから。
新幹線には母と何度も乗ったことがあるから、富士山も窓から眺めたことはある。だけど、たっくんと2人で一緒に見たことは一度も無い。
ーーそうだ。帰りは右側の座席に並んで座って富士山を眺めよう……。
そうやって楽しい想像をして、油断するとすぐに怖気付きそうな自分を奮い立たせた。
横須賀に行こうと決めたのは、司波先輩の激励に背中を押されてすぐ。 以前からぼんやりと考えてはいたけれど、1人で遠出をしたことなんて無かったし、実行するにしてももっと先のことだと思っていた。
それに、その場所に行ったとしても、何の情報も得られず空振りに終わる可能性だってあるのだ。
だってたっくんが私に話して聞かせた事の何処から何処までが本当で、どの部分が嘘なのかも分からない。
最悪、お祖母さんの入院も、横須賀に行っていたという話さえ、全くのデタラメかも知れなくて……。
ーーだけどあのたっくんが、例え嘘であっても大切なお祖母さんを病気にしたりするはずが無い。
その可能性に賭けてみようと思った。
この計画が実現したのは、ひとえに清香たちのお陰だ。無計画に校門を走り抜けた私を追いかけて来て、『これからどうするの? 私たちで協力出来ることはある?』と声を掛けてくれた。
「今日これから横須賀に行く」
そんな無謀なことを言い出した私に、『だったら今日はみんなで司波先輩の卒業祝いをするって事にしましょう』そう言ってくれたのが清香で、『行くなら新幹線でしょ?お金が必要じゃない?』と旅費の心配をしてくれたのが千代美。
それぞれ一旦家に帰った後、2人揃って新幹線の駅まで見送りに来てくれて、1万円ずつカンパをしてくれた。
そして驚くことに、千代美からアリバイ作りの協力を頼まれた司波先輩まで駆け付けてくれて、封筒に入った2万円を差し出して来たのだ。
「こんな大金……」
そう言って受け取るのを躊躇していたら、
『僕から君に、ヴィクトル・ユーゴーの名言を贈ろう。『愛すること、それは行動することだ』。いい報告を待っているよ』
そんなイケメンな言葉で励まされ、
『お金は大学に行ってバイトしたら返してもらうに決まってるでしょ!帰って来たら恋バナを聞かせてね!』
と、千代美に背中をバンと叩いて送り出された。
『まもなく新横浜……』
車内アナウンスが流れて、思わず全身にギュッと力が入った。
白いダッフルコートのポケットからスマホを取り出すと、家でメモしてきた行程表をもう一度チェックする。
行き先は横須賀の『月島建設』。
たっくんを探そうと思った時、手掛かりになりそうだったのは、たっくんの変心の瞬間であったであろう、クリスマスの日の会話に出て来たワード、『横須賀』、『お祖母さん』、『叔父さん』だった。
穂華さんの実家が横須賀の何処なのかを聞いておかなかった事を心から後悔しているけれど、今更そんな事を言っていても仕方がない。
幸いたっくんの話から、月島家が地元で有名な名士で、大きな建設会社を営んでいるということが分かっている。
家の住所が分からなくても、月島建設だったらどうにか辿り着けるのでは……と考えたのだ。
もしかしたら、とんだ見当違いかも知れない。
叔父さんにもお祖母さんにも会えないかも知れない。
だけど、黙って待っているよりはマシだ。
愛すること、それは行動することなのだから。
たっくんは、あの雪の日の別れを何度も何度も後悔したと言っていた。
しんとした階段の下で耳を澄まして、私が追い掛けて来るのを待っていたと言っていた。
あの日から運命の導きで再び巡り合えるまで、私たちは既に6年間も無駄にしているんだ。
もう運命に頼ってジッとしてなんかいられない。
私は2度とたっくんを待たせたくはないし、後悔だってしたくないんだ。
ーーたっくん、今度はちゃんと私から追い掛けて行くよ……。
新幹線は滑らかに駅へと滑り込み、プシュッという気の抜けたような音と共にドアが開いた。
私は左手の指に嵌まった2つのリングを見つめると、右手でネイビーのショルダーバッグの紐をしっかり握り締めて、ホームへと足を踏み出した。
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