煉獄の歌 

文月 沙織

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 時代のながれに乗って、後からヤクザ稼業に入ってきた愚連隊あがりの新興ヤクザたちからすれば、やたら伝統をふりかざす旧世代のヤクザというのは煙たいものなのだろう。
「若、いえ、組長、やっぱりあいつですよ。あいつに違いない」
 立林がぎょろりとした目を光らせて、唸るように告げる。
 立林の言う、〝あいつ〟が誰を指すのか、敬ですらすぐに判った。
 木藤組、若頭、瀬津龍昇せづりゅうしょうだ。
「瀬津か」
 勇がぽつりとその名をつぶやくとき、凛々しげな双眼にかげがはしる。
 先代のころには弱小だった瀬津組が、最近、安賀組に追いつくほどに強力化してきたのは、数年前、若頭に着任した瀬津の才覚のおかげだということは、周知の事実である。
 瀬津龍昇――。
 その名を耳にした刹那、敬の脳裏に、漆黒の背広をまとった鳶色とびいろの肌をした男の面影おもかげが浮かぶ。鋭い三白眼、ひきしまった頬。たくましい体躯たいく
(あいつ……)
 同時に、頬に羞恥をふくんだ激情がほとぼしる。抑えきれない、困惑にも似た動揺を察したのか、嶋がうかがうように自分を見ていることに気づいて、敬はつい目を逸らしてしまった。

「坊ちゃん、酒は駄目ですよ」
「うるさいな、ちょっとぐらい羽目はずさせろよ!」
 師走の街は、クリスマスや大晦日をひかえ、どこか浮かれた雰囲気だった。どこかの店からビートルズの曲が聞こえてくる。
 父が殺されて、その敵もいまだ見つからず、その夜、敬は腐っていた。どんなにせがんでも兄はこの問題に敬を巻き込みたくないようで、顔を合わせれば「おまえは大学行って勉強だけしていればいい」としか言わない。
「嶋、あの店行くぞ」
 敬は、たまたま目についたキャバレーの看板を指差した。嶋があわてた顔になる。
「え? よしましょうよ、このあたりは、うちのシマじゃないですよ。坊ちゃんは、まだ未成年でしょう?」
 と言う嶋もやっと二十歳になったばかりだ。
 もっとも、この時代、夜の酒場では未成年の飲酒喫煙は当たり前のように看過されていた。ましてこの地域は、競馬場が近いせいもあって、お世辞にも風紀がいいとは言えない。風俗店も多く、近くの路上には、チンピラや、いかにも不良っぽい少年少女が夜遅い時間だというのに、平然とたむろしている。なかには客待ち顔の街娼がいしょうも見える。厚化粧をして冬の夜道で春をひさぐその娘は、どう見ても敬より年下だ。
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