煉獄の歌 

文月 沙織

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 連れて行かれた先は、銀座の高級ホテルの最上階にあるレストランだった。
 Le leurre――というフランス語らしき看板があるところからして、フランス料理の店らしい。
 敬はつい緊張してきた。
 二ヶ月ぶりに感じた夜の風と都会の喧騒は、敬を高揚させてくれたが、その一方で、今の自分の立場を思うと、万が一、知っている人間に会ったら、という危惧きぐもある。
 こんな高級店なら、まず不良仲間と顔を合わせることはないだろうが、その一方で、自分のことを知るヤクザ社会の人間に見られたら、と思うと背がこわばる。
 赤い絨毯を踏みしめながら、敬は内心の不安を顔に出さないように、あえて胸を張り、やや生意気そうな態度で瀬津より先に進んだ。
(怯えている顔なんて、絶対この男に見せやしない)
 敬は内心でそう強く思っていた。

 薔薇の花を生けた花瓶をはさんで二人は食事を取った。
 瀬津の警護の男たちは出入り口近くに立っている。席についたのは二人だけで、こんなふうに二人向かいあって食事を取ることに、敬は少しまごついたが、顔に出さないように気をつけた。
 屋敷での食事はほとんど和食だったので、久しぶりに食べるこってりとした西洋料理は、若い敬には美味だった。
 前菜からメインの肉料理も、パンも、残さず口にした。わざと乱暴な仕草でパンをちぎったが、その様子を瀬津は、やんちゃな飼い猫を見るように、ただ面白そうに見ているだけだ。
「旨いか?」
「べつに」
「そうだな。おまえだったら、贅沢な食事なんて慣れているだろうな」
「まあね」
 事実、ヤクザは内情は多少苦しくとも、派手で贅沢にふるまうことも仕事のひとつと思っている節があるので、敬も安賀邸に引きとられてからは、贅沢を当たりまえのように受け取っていた。
 それ以前の、食べ物ですらろくに与えられなかった幼児期のことなど、この男に語る必要はない。
 瀬津は相変わらず笑うだけだ。
「俺が餓鬼のころは、日に三食食べれないこともよくあったがな」
 この時代には珍しい話ではない。
 特にヤクザになろうという者で、まともな家庭で育った人間などめったにいない。まして、十代後半から二十代の今のヤクザの若者層というのは、戦後のひどい食糧難の混乱期に少年時代を送った者がほとんどで、飢えや貧困の苦労を当たり前のように話していた。安賀組にいたころ、大陸から引き揚げてきたという青年は、引き揚げ船のなかでは飢えのあまり鼠まで食べたと言っていた。
「……あんた、なんでヤクザになったのさ?」
 自分でも思いもよらぬことを敬は口にしていた。
「訊きたいか?」
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