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五
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この男とともに敬を嬲ったときの記憶がよみがえってきて、嶋は吐き気がした。
安賀組が完全に崩壊したことはすでに嶋も聞いている。あそこは嶋にとっても〝家〟だったのだ。辛くないわけはない。
馴染みの組員は今は別の組に拾われたり、田舎に帰ったり、若い者のなかには堅気になった者もいるという。それは幸いなことかもしれない。若頭は、少なくとも、組員の今後についてはどうにかしてくれたようだが、当人は、借金のためか、こともあろうに木藤組に飼われることになったのだろう。
嶋にはにわかに信じられない話だった。いや、信じたくないのだ。あの安賀勇が。安賀猛の跡取り息子が。
嶋の知っている安賀勇なら、親の仇と噂される男の子飼い、それも男娼に堕ちるぐらいなら、自決していたろう。
「組員の生活を守るためだろう」
ぼっそっと、呟くように運転手は言う。
彼もここで働いているかぎりは堅気ではないだろうが、どこか冷めたところがあって、ヤクザ社会の内情に深入りしたがらない節がある。
「宇田……さんの要求を呑むかわりに、組員の今後を頼んだそうだ……」
田中と顔を合わせようとせず、ぼそりと言う。歳は三十にはいってないだろうが、ひどく冷静だ。暴力団の店で働いていても、こういう職種の男たちにありがちな下卑さも露悪さもなく、仕事だと割り切ってやっているところは、大林とも似ている気がする。
田中は運転手が話にのってこないのに一瞬、鼻白んだが、話を変えるように別のことを口にした。
「知ってるかよ? その宇田さんが今度は、兄弟一緒に楽しみたいって、瀬津さんに言っているのを聞いたんだ」
これは聞き捨てならなかった。お膳の縁を嶋は握りしめていた。
「で、今度来るときは、敬と安賀の若頭、あ、もう若頭でも組長でもないんだよな、兄貴の方も一緒に楽しむんだとさ。どういうやり方でやるかわかんねぇけれど、想像すると、すごくないか? 覗いてみたいなぁ」
「そんなことしたら、おまえの指が飛ぶぞ」
どうでもいいことのように言いながら、運転手は食事を終えた。本当に彼にとってはどうでもいいのだろう。
だが嶋は気が気ではない。
ここへ来ていろいろ他の従業員や娼婦たちから聞いた話だが、宇田という男には異常な趣味があるらしい。
安賀組が完全に崩壊したことはすでに嶋も聞いている。あそこは嶋にとっても〝家〟だったのだ。辛くないわけはない。
馴染みの組員は今は別の組に拾われたり、田舎に帰ったり、若い者のなかには堅気になった者もいるという。それは幸いなことかもしれない。若頭は、少なくとも、組員の今後についてはどうにかしてくれたようだが、当人は、借金のためか、こともあろうに木藤組に飼われることになったのだろう。
嶋にはにわかに信じられない話だった。いや、信じたくないのだ。あの安賀勇が。安賀猛の跡取り息子が。
嶋の知っている安賀勇なら、親の仇と噂される男の子飼い、それも男娼に堕ちるぐらいなら、自決していたろう。
「組員の生活を守るためだろう」
ぼっそっと、呟くように運転手は言う。
彼もここで働いているかぎりは堅気ではないだろうが、どこか冷めたところがあって、ヤクザ社会の内情に深入りしたがらない節がある。
「宇田……さんの要求を呑むかわりに、組員の今後を頼んだそうだ……」
田中と顔を合わせようとせず、ぼそりと言う。歳は三十にはいってないだろうが、ひどく冷静だ。暴力団の店で働いていても、こういう職種の男たちにありがちな下卑さも露悪さもなく、仕事だと割り切ってやっているところは、大林とも似ている気がする。
田中は運転手が話にのってこないのに一瞬、鼻白んだが、話を変えるように別のことを口にした。
「知ってるかよ? その宇田さんが今度は、兄弟一緒に楽しみたいって、瀬津さんに言っているのを聞いたんだ」
これは聞き捨てならなかった。お膳の縁を嶋は握りしめていた。
「で、今度来るときは、敬と安賀の若頭、あ、もう若頭でも組長でもないんだよな、兄貴の方も一緒に楽しむんだとさ。どういうやり方でやるかわかんねぇけれど、想像すると、すごくないか? 覗いてみたいなぁ」
「そんなことしたら、おまえの指が飛ぶぞ」
どうでもいいことのように言いながら、運転手は食事を終えた。本当に彼にとってはどうでもいいのだろう。
だが嶋は気が気ではない。
ここへ来ていろいろ他の従業員や娼婦たちから聞いた話だが、宇田という男には異常な趣味があるらしい。
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