煉獄の歌 

文月 沙織

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 木藤の異母姉の息子、つまり木藤の甥を名目上の木藤興産の社長とし、実質的に組を支配するのは瀬津となり、一応話はまとまった。
 とはいうものの、今後、敬を殺すことで名を挙げたいと思う輩が、組長の仇ということで敬を狙うかもしれない。それを案じて、瀬津はこうして敬を迎えに来たのだ。
「保護司が来るって聞いていたのに」
 不満そうに言う敬に、瀬津はいつもの微苦笑を見せる。
「俺が保護司だ」
 敬の弁護士も保護司も、瀬津が裏で手をまわした人間だということを、敬も気づいていたようだ。
「どうせ、いっつもあんたが仕切っているんだろうな」
「そうだ。だが……組長殺害の件は度肝どぎもを抜かれたな。……まさか、おまえがあの人と知り合いだったとはな」
「知り合ったのは、あそこだよ」
 敬は憮然した顔になって告げた。目は頭上の桜に向けられている。
 敬が嶋と逃げ出したとき、行き場のない二人に声をかけてくれ、かくまってくれたのは、若瀬鈴子という女だった。
 若瀬鈴子すずこ
 あるヤクザの組長の娘であり、父親を殺した男たちに顔と身体をつかって復讐をなしとげて世を騒がせた女である。闇の世界にも通じ、たぐいまれな頭脳と肉体でもって巨万の富を得たことでも有名である。
 いくつもの名を持つ女であり、敬が最初に瀬津と出会った店の主でもあれば、銀座にも店を持ち、あのおぞましい秘密クラブの〝女王〟でもあった。
 気まぐれかもしれないが、あの秘密のパーティーで出会った敬に気を止め、力になってくれたのだ。
 逃げだした嶋と敬が転がり込んだのは、嶋が以前付きあっていたホステスのアパートだった。それは絵里の部屋だった。
 絵里は勤めていた店のママである歌子に相談した。歌子は若瀬鈴子が持つ名前のひとつである。
(これには私の復讐もかかっているのよ)
 敬を援助するとき、鈴子はそう囁いた。
 鈴子自身も、木藤に個人的な恨みがあるらしい。高級娼婦として身体を売っていたとき、木藤にも買われたことがあり、そのとき、いつかこの男を破滅させてやりたい、と願ったという。くわしくは語らなかったが、鈴子の父親の死に木藤が、主犯ではないにしても一役買っていたのだという。
(向こうは忘れているでしょうけどね)
 そう呟いたときの鈴子の顔は壮絶なほどに美しかった。
「鈴子姐さんから、あんたのこともいろいろ聞いたんだ」
 車に乗り込むと、敬は溜息とともにその言葉を漏らした。
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