176 / 181
二
しおりを挟む
木藤の異母姉の息子、つまり木藤の甥を名目上の木藤興産の社長とし、実質的に組を支配するのは瀬津となり、一応話はまとまった。
とはいうものの、今後、敬を殺すことで名を挙げたいと思う輩が、組長の仇ということで敬を狙うかもしれない。それを案じて、瀬津はこうして敬を迎えに来たのだ。
「保護司が来るって聞いていたのに」
不満そうに言う敬に、瀬津はいつもの微苦笑を見せる。
「俺が保護司だ」
敬の弁護士も保護司も、瀬津が裏で手をまわした人間だということを、敬も気づいていたようだ。
「どうせ、いっつもあんたが仕切っているんだろうな」
「そうだ。だが……組長殺害の件は度肝を抜かれたな。……まさか、おまえがあの人と知り合いだったとはな」
「知り合ったのは、あそこだよ」
敬は憮然した顔になって告げた。目は頭上の桜に向けられている。
敬が嶋と逃げ出したとき、行き場のない二人に声をかけてくれ、かくまってくれたのは、若瀬鈴子という女だった。
若瀬鈴子。
あるヤクザの組長の娘であり、父親を殺した男たちに顔と身体をつかって復讐をなしとげて世を騒がせた女である。闇の世界にも通じ、たぐいまれな頭脳と肉体でもって巨万の富を得たことでも有名である。
いくつもの名を持つ女であり、敬が最初に瀬津と出会った店の主でもあれば、銀座にも店を持ち、あのおぞましい秘密クラブの〝女王〟でもあった。
気まぐれかもしれないが、あの秘密のパーティーで出会った敬に気を止め、力になってくれたのだ。
逃げだした嶋と敬が転がり込んだのは、嶋が以前付きあっていたホステスのアパートだった。それは絵里の部屋だった。
絵里は勤めていた店のママである歌子に相談した。歌子は若瀬鈴子が持つ名前のひとつである。
(これには私の復讐もかかっているのよ)
敬を援助するとき、鈴子はそう囁いた。
鈴子自身も、木藤に個人的な恨みがあるらしい。高級娼婦として身体を売っていたとき、木藤にも買われたことがあり、そのとき、いつかこの男を破滅させてやりたい、と願ったという。くわしくは語らなかったが、鈴子の父親の死に木藤が、主犯ではないにしても一役買っていたのだという。
(向こうは忘れているでしょうけどね)
そう呟いたときの鈴子の顔は壮絶なほどに美しかった。
「鈴子姐さんから、あんたのこともいろいろ聞いたんだ」
車に乗り込むと、敬は溜息とともにその言葉を漏らした。
とはいうものの、今後、敬を殺すことで名を挙げたいと思う輩が、組長の仇ということで敬を狙うかもしれない。それを案じて、瀬津はこうして敬を迎えに来たのだ。
「保護司が来るって聞いていたのに」
不満そうに言う敬に、瀬津はいつもの微苦笑を見せる。
「俺が保護司だ」
敬の弁護士も保護司も、瀬津が裏で手をまわした人間だということを、敬も気づいていたようだ。
「どうせ、いっつもあんたが仕切っているんだろうな」
「そうだ。だが……組長殺害の件は度肝を抜かれたな。……まさか、おまえがあの人と知り合いだったとはな」
「知り合ったのは、あそこだよ」
敬は憮然した顔になって告げた。目は頭上の桜に向けられている。
敬が嶋と逃げ出したとき、行き場のない二人に声をかけてくれ、かくまってくれたのは、若瀬鈴子という女だった。
若瀬鈴子。
あるヤクザの組長の娘であり、父親を殺した男たちに顔と身体をつかって復讐をなしとげて世を騒がせた女である。闇の世界にも通じ、たぐいまれな頭脳と肉体でもって巨万の富を得たことでも有名である。
いくつもの名を持つ女であり、敬が最初に瀬津と出会った店の主でもあれば、銀座にも店を持ち、あのおぞましい秘密クラブの〝女王〟でもあった。
気まぐれかもしれないが、あの秘密のパーティーで出会った敬に気を止め、力になってくれたのだ。
逃げだした嶋と敬が転がり込んだのは、嶋が以前付きあっていたホステスのアパートだった。それは絵里の部屋だった。
絵里は勤めていた店のママである歌子に相談した。歌子は若瀬鈴子が持つ名前のひとつである。
(これには私の復讐もかかっているのよ)
敬を援助するとき、鈴子はそう囁いた。
鈴子自身も、木藤に個人的な恨みがあるらしい。高級娼婦として身体を売っていたとき、木藤にも買われたことがあり、そのとき、いつかこの男を破滅させてやりたい、と願ったという。くわしくは語らなかったが、鈴子の父親の死に木藤が、主犯ではないにしても一役買っていたのだという。
(向こうは忘れているでしょうけどね)
そう呟いたときの鈴子の顔は壮絶なほどに美しかった。
「鈴子姐さんから、あんたのこともいろいろ聞いたんだ」
車に乗り込むと、敬は溜息とともにその言葉を漏らした。
0
あなたにおすすめの小説
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる