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九分咲き 五
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「エリス、悪いけれど、もう一度地下牢へ行って来て。ドミンゴの手足を馬に繋いで、八つ裂きの刑にするよう獄吏たちに命じてきてちょうだい」
言われたエリスは青い顔になり、アベルは叫び声をあげた。
この時代によくある怖ろしい刑罰に、罪人の両手足をべつべつに綱でしばって、それぞれを牛馬の身体に繋げ、一斉に鞭で打って反対方向に走らせ、罪人の手足、胴を引き裂くという過激な罰がある。手足はもげ、胴はちぎれ、文字通り罪人の身体は八つ裂きにされ、想像を絶する苦悶の果てに死にいたる。
アベルはドミンゴがその刑罰を受けている場面を想像して、恐ろしさに声を荒らげた。
「よせ! やめてくれ!」
美しい顔をゆがめて、アイーシャは声をあげて笑った。人質がいるかぎり、アベルに逃げ道はないのだ。
「ほほほほほほ。さぁ、どうする? ドミンゴを馬で八つ裂きにする? それとも、伯爵、おまえが馬に乗る?」
アベルは、こんな女に不様に哀訴し、ほんの少しでも情を期待した己の不明を恥じ、悔しさに歯ぎしりしながら、唇を開いた。
「わ、私がその木馬に乗る。の、乗ればいいのだろう!」
自棄になったように叫んでしまった。
「そうそう。最初から素直に従えば良かったのよ。ほら、台座を持ってきておやり」
すぐさまジャムズが持ってきた踏み台には、ご丁寧に、白繻子に金糸の縫い取りのある布が敷かれてある。その、いかにも貴人の足を乗せるために用意されたような台が、アベルを待ち受けている。アベルは震えながらその台に近づいた。
その間にも、他の宦官たちが天井の滑車に鎖をつなげ、その鎖にアベルの手を繋ぐ準備をする。
「この方が危なくないのよ」
そんなアイーシャの説明など耳に入らない。屈辱のあまり自分の歯がカチカチと鳴る音が耳に障る。覚悟を決めたはずだが、どうしても台座に足を乗せることができず木馬を前に固まってしまっているアベルを、だがアイーシャはじめ誰もせっつきはしない。
室に不気味な沈黙が生じた。
その沈黙もまたアベルにとっては神経を切り刻まれるような拷問だった。
いっそ力ずくで宦官たちに乗せられた方がまだ救いがあったかもしれない。だが、どこまでも意地悪く、彼らはアベル自身が木馬に足をかけるのを待っているのだ。
残忍な側室と宦官たちの無言の責めにアベルはしばし耐えたが、やがて先にしびれを切らしたアイーシャが声をあげた。
「いつまでそうしているの? やっぱりエリスに地下牢へ行ってもらおうかしら?」
(ああ……!)
アベルは惨めさに唇を噛んだ。鼻の奥が湿ってくる。
処刑台にのぼる気分で、片足を踏み台に上げた。
言われたエリスは青い顔になり、アベルは叫び声をあげた。
この時代によくある怖ろしい刑罰に、罪人の両手足をべつべつに綱でしばって、それぞれを牛馬の身体に繋げ、一斉に鞭で打って反対方向に走らせ、罪人の手足、胴を引き裂くという過激な罰がある。手足はもげ、胴はちぎれ、文字通り罪人の身体は八つ裂きにされ、想像を絶する苦悶の果てに死にいたる。
アベルはドミンゴがその刑罰を受けている場面を想像して、恐ろしさに声を荒らげた。
「よせ! やめてくれ!」
美しい顔をゆがめて、アイーシャは声をあげて笑った。人質がいるかぎり、アベルに逃げ道はないのだ。
「ほほほほほほ。さぁ、どうする? ドミンゴを馬で八つ裂きにする? それとも、伯爵、おまえが馬に乗る?」
アベルは、こんな女に不様に哀訴し、ほんの少しでも情を期待した己の不明を恥じ、悔しさに歯ぎしりしながら、唇を開いた。
「わ、私がその木馬に乗る。の、乗ればいいのだろう!」
自棄になったように叫んでしまった。
「そうそう。最初から素直に従えば良かったのよ。ほら、台座を持ってきておやり」
すぐさまジャムズが持ってきた踏み台には、ご丁寧に、白繻子に金糸の縫い取りのある布が敷かれてある。その、いかにも貴人の足を乗せるために用意されたような台が、アベルを待ち受けている。アベルは震えながらその台に近づいた。
その間にも、他の宦官たちが天井の滑車に鎖をつなげ、その鎖にアベルの手を繋ぐ準備をする。
「この方が危なくないのよ」
そんなアイーシャの説明など耳に入らない。屈辱のあまり自分の歯がカチカチと鳴る音が耳に障る。覚悟を決めたはずだが、どうしても台座に足を乗せることができず木馬を前に固まってしまっているアベルを、だがアイーシャはじめ誰もせっつきはしない。
室に不気味な沈黙が生じた。
その沈黙もまたアベルにとっては神経を切り刻まれるような拷問だった。
いっそ力ずくで宦官たちに乗せられた方がまだ救いがあったかもしれない。だが、どこまでも意地悪く、彼らはアベル自身が木馬に足をかけるのを待っているのだ。
残忍な側室と宦官たちの無言の責めにアベルはしばし耐えたが、やがて先にしびれを切らしたアイーシャが声をあげた。
「いつまでそうしているの? やっぱりエリスに地下牢へ行ってもらおうかしら?」
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アベルは惨めさに唇を噛んだ。鼻の奥が湿ってくる。
処刑台にのぼる気分で、片足を踏み台に上げた。
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