黄金郷の夢

文月 沙織

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花開くとき 五

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 宰相が乾いた声で口をはさむ。隣に立っている宦官長ハラムと同じ年代だが、彼ほどには灰汁あくがない。今年から宰相に任命された彼は、いたって実務主義で、王の命令どおりに動くことが自分の仕事だと信じきっているので、ある意味カイにとっては気楽な人物だ。前の宰相はカイたち菫を毛嫌いしていていた。
 グラリオン宮殿を食いつぶす城狐じょうこ、と面とむかってののしられたこともあった。
『貴様たちのような城狐が、陛下をまどわせ国費をくだらんことに濫費らんぴさせておる。貴様たちのようなやからが後宮で大きな顔をしてのさばっているから、この国はどんどん駄目になっていくのだ』
 そう言われたときの屈辱は今もって忘れていない。勿論、顔には出さず、慇懃に頭を下げてやり過ごしたが。
 前宰相はその後、病で急逝した。ただの疲労だとあなどって医師を呼ばなかったので、心配のあまり、彼の侍従に言いつけて、後宮特性の秘薬を食事の皿に盛ってやったのだが……。その侍従には真珠を幾つか与えた。
「うむ。式には帝国の使者も立ち合わせるがよい。余の新妻となる者をじっくりと見せてやろう」
 そんなことをしていいのか、と宰相や宦官長ハラム、御前に参列している数人の大臣たちの誰一人訊かない。グラリオンにおいて王の言葉は絶対なのだ。
 それでも、さすがに古参の大臣が思慮ぶかく口を開く。
「ですが、陛下、その……〝奥方〟の方が嫌がりませぬか?」
 忠節な老大臣の問いに、王はカイを見た。カイは笑ってみせた。
「大丈夫でございます、陛下。陛下の妻となられるお方は、すっかり心の準備ができております。今や、式の日を心待ちにしております」
 花はすでに開いたのだ。カイは確信している。アルベニス伯爵は、発狂することも自害することもなく、式を迎え、そのとき、客たちに満開ぶりを披露するだろう。菫たちによる連日の調教で、身体を作り変え、心も慣らした、と自負している。
「……このことで、グラリオンと帝国の関係が悪くなることは……?」
 尚も問う大臣に、今度はディオ王が笑ってみせた。
「案ずるな。そのことならば、すでに手は打ってある」
 笑うと、王の男の色香が匂いたち、見慣れているカイですら、眩しいものを感じた。アルベニス伯爵の美が優美な花の美しさなら、王の美は勇猛な獣の美しさだ。違う種類の美の極致に達している二人が交わる光景はどんなものか……。想像しただけでカイの頬は熱くなる。
 この日、王とアルベニス伯爵の結婚の日が正式に決まった。
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