黄金郷の夢

文月 沙織

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初夜準備 二

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 そんな無言で無反応なアベルの様子が小面憎こづらにくくなったのか、アーミナが意地悪げな笑みを向けてくる。
「なぁ、カイ、試着させてみないか?」
「そうだね、合わなかったら直さないといけないしね」
 アベルはますます顔がこわばるのを自覚したが、騒ぎたてたりうろたえたりはしない程度に、彼らのやり方に慣れてきていた。というよりも、秘めている逃亡の意図を見抜かれないように、諦めたふりをするよう努力した。
 三人の菫たちは、寄ってくると、アベルの白い衣を手早く脱がせる。
「ほら、早く脱げよ」
 アーミナの乱暴で無礼な態度にも免疫ができており、抗議のために出す声すらもったいないといわんばかりに、アベルはされるがままになってみた。
 それは、傍目はためには従順になったように見えて、実は今までとはまたちがった不遜さをアベルが身に付けはじめたということに、気づいたのはカイだけだったろう。
 カイの黒い瞳とアベルの碧の瞳がかち合う。
 カイが不敵に笑った。
(いいんですよ、あなたがそういうやり方で戦うのなら、こっちもそれに合わせましょう)
 そんな言葉が聞こえてきそうで、アベルは負けじと、睨み返した。
 いったんは彼らの手によって砕かれた気位、自尊心、誇りという玻璃はりの鎧を、今アベルは必死でかきあつめ、それで全身をまもっているのだ。砕けた玻璃の鎧は、諸刃もろはの刃にも似て、アベル自身をも傷つけるのだが、そんな危険きわまりない防具でもないよりはましだった。
(私は、絶対に彼らに屈さない)
 死ぬまで、いや、死んで地獄に落ちても、アベルはアベル=アルベニス伯爵であることを止めない決意をしていた。
「あんたら、なに、見つめあっているんだ?」
 アーミナがふしぎそうな顔をしながら、それでも手を動かし、アベルに純白の衣装をまとわせようとする。
「あ、待ってよ、その前に、これを」
 エリスが頬を染めて櫃から取り出したのは、薄い白絹の腰巻だった。
 さすがにそれを見せられた瞬間、アベルは気色ばんでいた。
 以前に強制的に纏わせられた下着にくらべると、長く、膝までありそうだ。
 縁には貴婦人用らしく金糸の縫い取りがあり、裾端すそはしに緋色の蝶の刺繍がほどこされているのが、なんとも印象的だ。さらに腰で結ぶための紐先に桃色真珠が二粒きらめいているのが、なにやら妙に色っぽい。清潔そうでありながら、色香を滲ませているのだ。
 純白の下着をまとう花嫁は、これから夫の手によって開花され官能の色に染めあげられていく……。そんなことを想像させられてアベルは心底ぞっとした。
「これを纏って陛下に可愛がられれば、伯爵はまたいっそう美しくなりますよ」
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