美里

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意味が分からず混乱する夕をよそに、陽子は一人、納得したように頷いた。
 救いを求めるように、夕が彼女を見た。
 「陽子?」
 「文字通りですよ。」
 彼女の言葉はさらりとして、確信に満ちていた。けれど夕には、その意味が分からない。
 「は?」
 「分かりますか? この紙、新しい。写真も箱も、古いのに。」
 陽子が示したのは、面影、と書かれた紙だった。言われてみれば、その紙は確かに新しい。せいぜいここ数日で書いたとでもいいたげな、墨の滴りそうなみずみずしさがあった。
 「だから、これが手紙ですよ。夕さま宛の。」
 「俺?」
 「ええ。」
 陽子は丁寧な仕草でその紙を畳むと、夕のコートのポケットにそっと収めた。
 「文字通りですよ。面影。旦那さまの中に、いつでも夕さまの面影を見ていますって、そういう告白でしょう?」
 陽子は色の濃い唇を静かに曲げ、微かに微笑んでみせた。
 「本当に、ぎりぎりのラブレターですね。もしも旦那さまに見つかっても、夕さまが責められたりしないように。」
 でも夕さまったら鈍ちんなんだから。陽子がいなかったら気が付きもしなかったでしょ、と、彼女は得意げに言った。
 夕はポケットの上からそのラブレターとやらを押さえた。
 藤からそんなものをもらう義理はないと思った。だって、会ったことだって数回しかない。その一つ一つだって、ごく短い記憶でしかない。
 それなのに、なぜ。
 なぜ、と思いながらも、夕の中ですでに答えは出ているのだ。それは、藤を思って指を焦がした中学生の頃から。
 文机一面に広げられた写真を見た。
 恨んだ男の写真だった。
 多分、藤にとっても同じだろう。
 その写真を、藤はこんなにたくさん集めていたのか。面影、という一言のために。
 陽子の白い指が、写真を一枚一枚拾い上げて箱の中に戻した。
 「さあ、行かなくては。」
  彼女は当たり前のように言って、夕にその箱を差し出した。
 夕は、箱を受け取れないまま立ち尽くしていた。
 「だって……どこに?」
 子供みたいに幼い声が出た。そのことを、夕は瞬時に恥じた。
 陽子はそのことを指摘したりはせずに、小箱を夕の手に握らせた。
 「よく思い出してみてくださいよ。こういうときの行く宛っていうのは、海か故郷の村かって相場が決まってるんですから。そのどっちかくらい、夕さまが検討つけてくださいよ。」
 
 
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