行けるとこまで

美里

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 父母の家で暮らしていた頃、陸にはそんな暗みなんかなかった。いつも明るくて、周りにたくさんひとがいて、そのことで意図せず生じてしまう少々の暗さなんて、自分の明るさですっかり帳消しにしてしまうような、そんな性格をしていたのだ。
 「起きて。」
 俺はベッドに陸を起きあがらせ、ベッドサイドに常備してあるガーゼと包帯で、陸の手首に開いた傷を手当てする。そこには、半年前からの傷がびっしりと刻まれて、暗い色の蛇が巻き付いているようにも見えた。どうせ、陸はすぐに包帯を取ってしまうし、また新しい傷を手首に開ける。分かっていて、それでも手首に包帯を巻くことしか、俺にはできない。分かっているのだ。芯から陸の暗みをどうにかしたいと思ったら、離れるしかない。陸を家に、両親や友人、恋人の中に戻すしかない。それが俺には、どうしてもできない。
 「……陸、」
 名前を呼んだ。この世にあふれる言葉たちの中で、一番唇に馴染んだその二文字。それを、縋るみたいに。
 陸は、俺の声を聞いて、微笑んだ。感情がないみたいな微笑。陸が、この種の笑顔以外の表情を見せることはなくなっていた。
 「ケーキ、買ってきてくれたの?」
 「……うん。」
 「ありがとう。」
 「飯、作るから。それまで食べてて。」
 「うん。」
 陸が、ベッドの下に広がる血のあたりに構わず腰を下そうとするから、俺はその背を押してベッドに座らせ、床の血を雑巾で拭いた。
 ベッドの上に胡坐をかいた陸は、ケーキの箱を開け、中のショートケーキを取り出しながら、不意に口を開いた。
 「縛っててよ、海くん。もうリスカできないように。」
 縛っててよ、海くん。
 俺は、フローリングに膝をついたまま、泣きたい気分でじっとうつむいた。
 そんなことが、俺にできるというのか。もうすでに、陸をこの部屋に監禁しているも同然の俺に。
 できるだけ、部屋から出てほしくない。
 ふたりで暮らし始めてすぐ、食いしばった歯の間から漏らすようにそう告げた俺に、陸はやっぱり微笑みながら、いいよ、と言った。それ以来陸は、この部屋から出ていない。少なくとも、俺の目が届く範囲では。
 許されないことをしている。自覚は当然ある。それなのに、陸をこの世界のなにとも接触させずに閉じ込めている、という事実は、俺にとってなにより甘美なのだ。だから、一度陸を縛ったら、それが陸を案じてのことであったとしても、おしまいだと思う。俺は陸を固く固く縛り付け、もう二度と解放できなくなるだろう。
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