行けるとこまで

美里

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 翌日、いつも通り仕事を終わらせ、いつも通りケーキを買って、アパートに戻る。一階角部屋。あと数メートルで部屋のドア、というところで、内側からドアが開いた。
 「陸?」
 思わず声が漏れた。陸が、ひとりで外に出ようとしている? 俺を置いて、どこかに、きっと両親のいる家に、帰ろうとしている?
 俺はその場に凍りついたみたいになって、逃げるとか、隠れるとか、そんなこともできなかった。もしも陸がこの部屋を出ようとしているのなら、逃げ隠れして影から見送るのが、せめて俺にできることだと、心の奥の方では分かっているのに。
 「海斗?」
 けれど、俺を呼んだその声は、耳慣れた陸のものではなかった。ドアを開けて出て来たのは、ひとりの女。水色のブラウスに、紺色のミニスカートをはいた華奢なその姿には、見覚えがあった。
 「……鏡子。」
 半年前までの、恋人ともいえない、曖昧な関係を漂っていたおんなのひとり。顔と名前が一致しているのは、陸を連れて家を出るその晩まで抱きあっていたおんなだからだ。俺は、このおんなの部屋で、このおんなを抱きながら、陸を連れて逃げようと心を決めた。どうしても、おんなの身体では埋まらない、胸の空虚を絶望的にくっきりと自覚しながら。
 「なに、あんた、陸と……。」
 語尾がずるく滲んだのは、このおんなと自分の関係に名前が付かないことも、さらに言えば陸と自分の関係にも名前が付かないことも、理解していたからだ。それに、このおんなが陸とできていて、ふたりでこのアパートから逃げ出したところで、俺には止める手立てがないことも。だから、語尾が臆病に逃げた。
 鏡子は、ほんの一時俯いていた。まっすぐな長い髪が彼女の表情を隠す。そして、すっと顔を上げたとき、彼女は俺のことをしっかりと睨みつけていた。
 「海斗と別れてからだよ。」
 別れるもなにも、俺と鏡子の間にそんなに明確に、付き合いだすだとか、別れるだとか、そんなやり取りがあったことはない。鏡子は俺がバイトしていたコンビニの常連で、ある日レジ打ちをする俺の手の中に、連絡先の書かれたメモを滑り込ませてきた。前のセフレとちょうど切れたタイミングだった。俺は、バイト帰りに歩きながら、整った文字で書かれた番号に電話をして、そのまま方向転換して、教えられるがままに彼女の部屋に向かった。そして、その日のうちに彼女と肉体関係を持った。
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