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「……陸。」
俺の兄貴は、いつも通りベッドに腰掛けて俺を待っていた。白いシーツに乱れはないけれど、いつもグレーのジャージを着こんでいるはずの上半身は紺色のタンクトップ一枚で、俺より長くのばされた茶色い髪にも、少し乱れがあった。
「……やったの?」
本当に訊くべきことは、そんなことではないと分かっていた。どうして鏡子を呼んだのか。なんで俺以外の誰かをこの部屋に入れたのか。でも、訊くのが怖かった。俺が怖れている答えが、あっさり返ってきそうで。
陸は、そうやってびくびくしている俺を見て、少し笑った。
「どうだっていいんじゃない? そんなこと。」
肩につきそうな髪を手櫛で投げやりに梳きながら、陸はいつも通りの微笑でそう言った。
「……そうだな。」
俺はぎくしゃくと、それだけ返した。俺の考えが正しければ、陸は俺を切ろうとしている。そして俺は、陸に切られたらもう、この人生に耐えられそうもない。だからもう、そうだな、そうだな、と、全て陸の言うことを飲み込んで、逆らったりは一つもしないから、ただここにいてほしかった。
むき出しになった陸の痩せた腕。リストカットの後が無数にのたくり、手首から肘までを覆っている。
今更、と思った。今更、こんなふうにここまで来てしまって、陸に拒絶をされでもしたら、あっさりそうですかと離れられるはずがない。俺はみっともなく陸に縋るか、悪くしたら陸を害するだろう。今だって、こんなところに陸を閉じ込めているというのに、更に。
「海くんは、ここに誰も入れてほしくなかったんでしょ?」
「……そうだな。」
「鏡子ちゃんにも、会ってほしくなかった。」
「……そうだな。」
「なのに俺、こういうことしちゃうからさ、もっとちゃんと閉じ込めててよ、海くん。」
「……え?」
そうだな、とは、返せなかった。耳を疑っている俺に、陸は同じ言葉を繰り返した。もっとちゃんと閉じ込めててよ、海くん。
「……なにを……?」
バカみたいにそう訊きかえすしかなかった。ベッドの上の陸は、感情がないみたいにきれいで穏やかな微笑を浮かべている。
「なにって? 家ではセックスしないって言ったら、海くんはここまで連れて来てくれた。俺の思った通りに。でも、最近は罪悪感が出てきちゃったのかな? 俺のこと、手放そうとしてるよね? そんなこと考えないで、もっとずっとちゃんと、俺のこと閉じ込めてて。」
海くんだけの俺だよ、と、陸は囁くように言った。俺は唖然としたままその場に立ち尽くしていた。陸に手招きをされて、ベッドに歩み寄る。陸は立ち上がると、俺の首に両腕を回した。俺の身体に押し付けられる陸の身体は、しんと冷え切っていた。
俺の兄貴は、いつも通りベッドに腰掛けて俺を待っていた。白いシーツに乱れはないけれど、いつもグレーのジャージを着こんでいるはずの上半身は紺色のタンクトップ一枚で、俺より長くのばされた茶色い髪にも、少し乱れがあった。
「……やったの?」
本当に訊くべきことは、そんなことではないと分かっていた。どうして鏡子を呼んだのか。なんで俺以外の誰かをこの部屋に入れたのか。でも、訊くのが怖かった。俺が怖れている答えが、あっさり返ってきそうで。
陸は、そうやってびくびくしている俺を見て、少し笑った。
「どうだっていいんじゃない? そんなこと。」
肩につきそうな髪を手櫛で投げやりに梳きながら、陸はいつも通りの微笑でそう言った。
「……そうだな。」
俺はぎくしゃくと、それだけ返した。俺の考えが正しければ、陸は俺を切ろうとしている。そして俺は、陸に切られたらもう、この人生に耐えられそうもない。だからもう、そうだな、そうだな、と、全て陸の言うことを飲み込んで、逆らったりは一つもしないから、ただここにいてほしかった。
むき出しになった陸の痩せた腕。リストカットの後が無数にのたくり、手首から肘までを覆っている。
今更、と思った。今更、こんなふうにここまで来てしまって、陸に拒絶をされでもしたら、あっさりそうですかと離れられるはずがない。俺はみっともなく陸に縋るか、悪くしたら陸を害するだろう。今だって、こんなところに陸を閉じ込めているというのに、更に。
「海くんは、ここに誰も入れてほしくなかったんでしょ?」
「……そうだな。」
「鏡子ちゃんにも、会ってほしくなかった。」
「……そうだな。」
「なのに俺、こういうことしちゃうからさ、もっとちゃんと閉じ込めててよ、海くん。」
「……え?」
そうだな、とは、返せなかった。耳を疑っている俺に、陸は同じ言葉を繰り返した。もっとちゃんと閉じ込めててよ、海くん。
「……なにを……?」
バカみたいにそう訊きかえすしかなかった。ベッドの上の陸は、感情がないみたいにきれいで穏やかな微笑を浮かべている。
「なにって? 家ではセックスしないって言ったら、海くんはここまで連れて来てくれた。俺の思った通りに。でも、最近は罪悪感が出てきちゃったのかな? 俺のこと、手放そうとしてるよね? そんなこと考えないで、もっとずっとちゃんと、俺のこと閉じ込めてて。」
海くんだけの俺だよ、と、陸は囁くように言った。俺は唖然としたままその場に立ち尽くしていた。陸に手招きをされて、ベッドに歩み寄る。陸は立ち上がると、俺の首に両腕を回した。俺の身体に押し付けられる陸の身体は、しんと冷え切っていた。
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