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25 ヨハンと衛兵たちは衝撃を受ける。

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 ――執務室前

「フォルカー団長!」

 フォルカーがエリカと共に姿を現すと、執務室前にいる衛兵たちが背筋をピンと伸ばして敬礼をした。 

「殿下にエリカ様がいらっしゃったことをお伝えしてくれ」

「はっ!」

 兵士はノックをして、顔を出したヨハンと話しをする。

「団長。エリカ様だけお入りになるよう、殿下が仰っているそうです」

 兵士の言葉に、フォルカーが直接ヨハンに言った。

「私も入ると殿下に伝えてくれ」

「しかし……」

 ヨハンが顔を曇らせたが、口を引き結んだフォルカーは、一歩も譲らない姿勢である。

「フォルカー様。大丈夫です。遅れた理由はわたくしから殿下にお伝えしますから、心配なさらないでください」

「……分かりました。うまく対応できない時は、すぐにわたくしめをお呼びください。暫くここで待機しております」

 フォルカーはエリカの手を取ると、身を屈めてエリカを見つめながら、うやうやしく手の甲にくちづける。

 その様子を見ていたヨハンと衛兵たちは衝撃を受け、あんぐりと大口を開けた。

 フォルカー団長は(怖がられるから)滅多に女性をエスコートしない。エスコートしたとしても女性には触れないし、ましてや手の甲にくちづける行為は、いまだかつて見たことがない。

(大型犬に懐かれた気分。でも王子妃にならないのに、忠誠を誓われたのはまずかったな……)

「エリカ様、どうぞ」

 ヨハンがエリカのために扉を大きく開けた。

「どうもありがとう」

 気持ちを切り替えてエリカは部屋に入る。

 ヨハンは入れ替わるように、そのまま頭を下げて退室をした。

 部屋はとても静かで、エリカに背を向けたダニエルが、バルコニーに通じるガラス戸の前に立ち、ズボンに手を突っ込んで外の景色を眺めていた。

「ダニエル様?」

「フォルカーが君に忠誠を誓ったそうだな」

「そうなんです。だから婚約の話は間違いだったと、早く発表をしないと」

 エリカとしては”結婚を視野に入れた付き合い”を前面に押し出して、フォルカーにも忠誠の誓いを撤回してもらいたい。

 ダニエルがオズワルドかフォルカーと結ばれて、エリカと縁が切れたあと、エリカはただの伯爵令嬢に戻る。

 王族と縁もゆかりもない伯爵令嬢に、騎士団長が忠誠を誓っているなんて話は聞いたことがない。

 今なら話が広がる前に阻止できる。

 背を向けたままのダニエルの背中が強張った。

「前にも言ったが、なぜそんなに婚約を解消したがる」

「え……、ダニエル様も仰ったではありませんか。”婚約ではなく、結婚を視野に入れた付き合いにしよう”と」

「それは君が望んだからだ――…」

 冷たいその声に、エリカはピクっと身体を震わせた。

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